「クマを殺すな、かわいそう」「いや、人の命が最優先だ。すべて駆除しろ」。
北海道でヒグマによる痛ましい死亡事故が起きて以降、行政にはこのような賛否両論の電話やメールが殺到しているといいます。電話の向こう側には、それぞれの正義と想いがあります。このニュースに触れ、どう考えたら良いのか分からず、胸を痛めている方も多いのではないでしょうか。
実はこの問題、私たちの未来のあり方を問う【用語解説】SDGsとは?17のゴールと169のターゲットを徹底解説!の観点から見ると、非常に重要な論点を含んでいます。今回は、この複雑なクマ駆除問題をSDGsの視点で解きほぐし、私たちが目指すべき「共存」の形を一緒に考えていきたいと思います。
こんな人におすすめです
- クマのニュースを見て、どう考えたらいいか悩んでいる方
- 「かわいそう」という気持ちと「怖い」という気持ちの間で揺れている方
- SDGsの視点から、人間と野生動物の共存について深く知りたい方
- 企業の【用語解説】サステナビリティ経営とは?持続可能な社会に向けた企業の取り組み担当者で、生物多様性に関する取り組みのヒントを探している方
ニュースの概要:なぜ今、クマ問題が注目されているのか?
2025年7月、北海道福島町で新聞配達員の男性がヒグマに襲われ死亡するという痛ましい事故が発生しました。これを受け、地元ではヒグマの駆除が行われましたが、この対応を巡って北海道庁には全国から120件以上の意見が殺到。その内容は「なぜ殺したのか」という非難から、「もっと徹底的に駆除しろ」という要求まで、真っ向から対立するものだったのです。
(道ヒグマ対策室 森山寛史さん)「長い物では120分、2時間にわたって電話を続けられたり、中には感情的になって、説明してもなかなかご理解をいただけないご意見もありました。誹謗中傷に近いような意見を頂くと非常につらい」
この言葉からは、職員の方々の疲弊と苦悩が伝わってきます。なぜ、これほどまで意見は分かれてしまうのでしょうか。
対立する意見の背景にあるもの
この問題の根っこには、異なる立場や価値観、そして「距離感」の違いがあります。
「駆除はやむを得ない」地域住民の切実な声
「クマの所に住んでいるわれわれにすれば考えられない。可愛いペットではないから」
地元住民の方のこの言葉は、ヒグマの存在が日常の恐怖と隣り合わせである現実を物語っています。これは、安全・安心な生活を求めるSDGs11「住み続けられるまちづくりを」や、人々の生命と健康を守るSDGs3「すべての人に健康と福祉を」に直結する、非常に切実な声です。
私の息子もニュースを見て「クマさん、かわいそうだね」と言っていました。しかし、もしそのクマが毎日の通学路に出没するとしたら…?親として、地域の一員として、同じことを言えるだろうかと、背筋が凍る思いがします。住民にとってヒグマ問題は、生活の安全保障そのものなのです。
「殺さないで」道外からの声に潜む想い
一方、「殺すな」「かわいそう」という意見の多くは道外から寄せられたといいます。こうした声の背景には、ヒグマを生態系の重要な一員と捉え、命の尊さを訴える想いがあります。これは、SDGs15「陸の豊かさも守ろう」の理念に通じるものです。
ヒグマは、森の生態系を豊かに保つ重要な役割を担っています。安易に「絶滅させろ」という意見は、長期的に見て私たち人間の生活を支える【用語解説】生物多様性とは?私たちの暮らしと密接な関係を損なう危険性をはらんでいます。都会に住んでいると実感しにくいかもしれませんが、私たちの暮らしは、多様な生き物が織りなす自然の恵みの上に成り立っているのです。
SDGsの視点で読み解く「人とクマの共存」という難問
この問題の核心は、SDGs11「住み続けられるまちづくりを」とSDGs15「陸の豊かさも守ろう」という、二つの大切な目標が衝突してしまっている点にあります。
- 住民の安全(SDGs11) を守るためには、危険なクマの駆除もやむを得ない。
- 生態系の保全(SDGs15) を考えると、ヒグマを一方的に殺し続けることはできない。
これは、どちらが正しくてどちらが間違っている、という単純な話ではありません。SDGsが私たちに突きつける、いわば「応用問題」なのです。このジレンマを乗り越え、どうすれば両方の目標のバランスを取りながら、より良い未来に進めるかを考えることこそが、今求められています。
私たちにできること:感情論を越えて
では、私たちはこの難しい問題にどう向き合えば良いのでしょうか。日々の生活の中でできる、3つのアクションを提案します。
1. 正しく知る:ヒグマの生態と対策を学ぶ
まずは、感情的な意見に流されず、科学的根拠に基づいた情報を知ることが第一歩です。なぜクマは市街地に出没するのか、専門家はどのような対策(ゾーニングなど)を提言しているのか。背景を知ることで、表面的な「かわいそう」「怖い」から一歩踏み込んだ議論ができます。
2. 対話を促す:多様な意見に耳を傾ける
この問題には、地域住民、行政、専門家、動物愛護団体、観光客など、様々な立場の人が関わっています。こうした【用語解説】ステークホルダー・エンゲージメントとは?SDGs達成に向けた重要な取り組みの考え方に基づき、互いの意見を尊重し、対話する場が不可欠です。SNSで一方的に意見をぶつけるのではなく、なぜ相手はそう考えるのか、その背景に想いを馳せることが、解決への糸口になります。
3. 責任ある行動を考える
北海道を訪れる観光客として、あるいは消費者として、私たちにできることもあります。
- ゴミの適切な管理: 野生動物を人里に引き寄せないために、ゴミのポイ捨ては絶対にしない。
- 地元の取り組みを応援: クマとの共存を目指す地域の特産品を購入するなど、経済的に支援する。
- 啓発活動への参加: オンラインで参加できる勉強会などを通じて、学びを深め、周りの人と共有する。
まとめ:希望の兆しは「対話」と「科学」の中に
人間とヒグマの共存は、決して簡単な道のりではありません。しかし、今回の出来事をきっかけに、多くの人々がこの問題に関心を持ち、真剣に議論を始めたこと自体が、希望の第一歩だと私は信じています。
対立は、無関心よりずっと建設的です。
感情的な非難の応酬を乗り越え、科学的な知見に基づいたゾーニング管理や、住民への丁寧な情報提供、そして多様な立場の人々による対話を重ねていくこと。その先に、人とクマが適切に距離を保ちながら共存できる、持続可能な未来が拓けるはずです。
この複雑な問題から目をそらさず、私たち一人ひとりが「自分ごと」として考え、行動していくことが、SDGsの達成につながっていくのです。
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