皆さん、こんにちは。「脱炭素とSDGsの知恵袋」編集長の日野広大です。私たちのメディアは、SDGs達成に向けた企業の取り組みが評価され、政府SDGs推進本部からジャパンSDGsアワード(外務大臣賞)を受賞したFrankPR株式会社が運営しています。その専門性を活かし、今回は日本の企業にとって非常に大きな意味を持つ新しい情報開示の動き、「SSBJ基準」について徹底解説します。2025年3月にその概要が公開され、いよいよ日本でもサステナビリティ情報開示が新たなステージに入りました。これは単なる報告ルールの変更ではなく、企業の競争力や将来価値を左右する可能性を秘めています。本記事では、この「SSBJ基準」の基本から、企業実務への影響、そしてこれを企業価値向上に繋げるための戦略的視点までを深掘りします。
この記事のポイント
- 日本独自のサステナビリティ開示基準「SSBJ基準」の概要と、国際基準(ISSB基準)との関係性。
- 2027年3月期から予想される法定適用と、企業に求められる対応。
- Scope3排出量や気候関連リスクの財務影響など、開示が求められる具体的な情報。
- 「SSBJ基準」対応を、単なる義務から企業価値創造のエンジンへと転換するための視点。
- 大企業だけでなく、中堅・中小企業にも及ぶ影響と、今から備えるべきこと。
「SSBJ基準」誕生の背景と概要:国際基準との整合性と日本の独自性
「SSBJ基準」とは、公益財団法人財務会計基準機構内に設置されたサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が開発を進めてきた、日本独自のサステナビリティ情報開示基準のことです。この基準は、日本企業に対し、サステナビリティに関する情報を「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という4つの主要な構成要素に沿って整理し、開示することを求めています。
ISSB基準に準拠した4つの開示構成要素とは
この枠組みは、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が公表したグローバルなベースラインとなる「ISSB基準」の「S1基準(サステナビリティ関連財務情報の開示のための全般的要求事項)」と「S2基準(気候関連開示)」に準拠しています。特に気候関連の開示については、多くの企業が既に取り組んでいる**TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)**提言の枠組みを基礎としつつ、より詳細で具体的な情報開示が求められることになります。
具体的には、以下のような情報の開示が重視されます。
- Scope1、Scope2、Scope3のGHG(温室効果ガス)排出量
- 気候関連のリスクと機会が、企業の事業、戦略、意思決定、そして財務諸表に与える影響(現在および将来予想される影響)
- 企業の移行計画(気候関連目標を達成するための具体的な道筋)の具体的内容
- 設定した目標の達成に向けた進捗状況
これまで定性的な説明に留まっていた部分についても、数値データに基づいた客観的で比較可能な情報提供が求められる場面が増えることが想定されます。
なぜ今、日本独自の基準が必要なのか?
SSBJ基準の制定背景には、グローバルに事業を展開する企業にとって、国ごとに異なるサステナビリティ開示基準に対応する負担が増大していたという事情があります。国際的に統一された基準を求める声が高まる中、日本企業が国際的な資本市場で不利にならないよう、ISSB基準と整合性を保ちつつ、日本の法制度や産業構造、企業慣行といった国内の実情を考慮した「日本の基準」を策定する狙いがありました。
SSBJ基準は、特に投資家の意思決定に重要な影響を与える財務情報と関連性の高いサステナビリティ情報(いわゆる「財務マテリアリティ」)に焦点を当てている点が特徴です。これは、欧州のCSRD(企業サステナビリティ報告指令)が、企業が社会・環境に与える影響(インパクト)も重視する「ダブルマテリアリティ」を採用しているのとは異なるアプローチです。
これらの内容は2025年3月に確定・公表されました。SSBJ自体は適用の義務を定めていませんが、金融庁によれば、2027年3月期以降、プライム市場上場企業のうち時価総額の大きな企業から段階的に、有価証券報告書における法定開示として適用される見通しです。なお、2025年3月期からは任意での早期適用が可能となっており、いち早く対応を進める企業は、投資家へのアピールや社内体制構築において先行者メリットを得られる可能性があります。
金融庁「第2回 金融審議会 サステナビリティ情報の開示と 保証のあり方に関するワーキング・グループ」資料より
https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/sustainability_disclose_wg/shiryou/20240514.html
企業実務へのインパクト:SSBJ基準が求める情報開示の高度化
SSBJ基準の適用は、企業の情報開示実務に非常に大きな影響をもたらします。これは単に開示項目が増えるというだけでなく、開示情報の質、収集プロセス、そして社内体制のすべてにおいて、より一層の高度化が求められることを意味します。
Scope3排出量から財務影響まで、データ収集・管理の課題
SSBJ基準対応における最大の課題の一つは、信頼できるデータの収集・管理体制の構築です。特に、自社だけでなくバリューチェーン全体での排出量を算定するScope3排出量や、これまで定量的な把握が難しかった気候関連リスクや機会が財務に与える影響額など、新たなデータ収集・分析、そしてその妥当性を担保するプロセスが求められます。
さらに、財務とサステナビリティの両分野に精通した専門人材の不足は、多くの企業が直面するであろう共通の課題です。
法定開示と任意開示:有報・統合報告書・ウェブでの戦略的情報発信
既存の情報開示媒体との整理・連携も重要になります。
- 有価証券報告書: SSBJ基準に基づく法定開示が求められ、その情報の正確性・網羅性・比較可能性が厳しく問われます。
- 統合報告書: 有価証券報告書の法定開示情報を基盤としつつ、各社のマテリアリティ(重要課題)や独自の価値創造ストーリーをより深く、説得力を持って訴求する場となります。
- ウェブサイトやデータブック: 法定開示ではカバーしきれない詳細なサステナビリティ関連情報(環境関連:原材料利用、リサイクル、廃棄物、大気・水質汚染防止など。社会関連:人権尊重、製品安全・品質、サプライヤー管理、従業員の多様性・エンゲージメント、地域貢献など)を開示するための受け皿として活用できます。
このように、企業は各開示媒体の特性を理解し、情報の一元管理と、ステークホルダーのニーズに応じた戦略的な情報発信体制を構築することが求められます。これらに対応するためには、経営層の強いコミットメントのもと、全社的なプロジェクトとして段階的に取り組むことが現実的です。データ収集・管理・分析のためのITツールの活用や、非財務データと財務データを統合的に管理・分析する基盤の構築も視野に入れるべきでしょう。また、必要に応じて外部専門家の知見を活用したり、業界団体と連携して知見を共有したりすることも有効です。
「SSBJ基準」対応を企業価値向上へ繋げるには【専門家視点】
今回のSSBJ基準の導入を、単なる「コスト」や「遵守すべき義務」として受け身で捉えるのではなく、自社の持続的な成長と企業価値向上に繋げる「戦略的な機会」とプロアクティブに捉えることが何よりも重要です。
リスク管理強化と新たな成長機会の創出
SSBJ基準への対応プロセスを通じて、企業は自社のサステナビリティ関連リスク(気候変動による物理的リスクや移行リスク、人権侵害リスク、サプライチェーン寸断リスクなど)を体系的に把握・評価し、それらを経営戦略に統合することで、事業環境の変化に対する**レジリエンス(適応力・回復力)**を高めることができます。
また、脱炭素化やサーキュラーエコノミーへの移行といった社会全体の大きな動きは、新たな市場や成長機会を生み出します。SSBJ基準が求める開示は、企業がこれらの機会をどのように捉え、事業戦略に活かそうとしているかを明確にすることを促します。例えば、省エネ技術、再生可能エネルギー関連事業、サステナブルな素材開発などは、まさに**SDGs目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」や目標12「つくる責任 つかう責任」**に貢献する成長分野です。
投資家・ステークホルダーからの信頼獲得とエンゲージメント
透明性の高い情報開示と、それに基づいた実質的なサステナビリティへの取り組みは、投資家、金融機関、顧客、従業員、地域社会といった多様なステークホルダーからの信頼とエンゲージメントを深めます。これは、長期的な企業価値向上に不可欠な無形資産と言えるでしょう。
SSBJ基準が特に重視する「戦略」や「指標と目標」の開示は、企業がサステナビリティを単なるイメージ戦略ではなく、経営の根幹にどう位置づけ、具体的な行動計画と数値目標に落とし込んでいるかを問うものです。
- 自社にとっての重要課題(マテリアリティ)を特定する。
- マテリアリティに基づいた具体的なKPI(重要業績評価指標)を設定し、管理する。
- その進捗状況を透明性高く開示する。
- これら一連の取り組みが、いかにして社会課題の解決と自社の企業価値向上に結びついているのか、独自の価値創造ストーリーとして明確に語る。
これこそが、SSBJ基準への対応を、受け身のコンプライアンスから積極的な価値創造へと転換させる鍵となります。私たちFrankPRでは、このマテリアリティ特定から価値創造ストーリーの構築、そして効果的な情報開示に至るまで、企業のサステナビリティ経営をトータルでサポートしています。
中堅・中小企業も無関係ではない?サプライチェーン全体での対応
SSBJ基準の直接的な法定開示義務は、当面、時価総額の大きな上場企業が中心となる見込みです。しかし、その影響はサプライチェーンを通じて、取引先となる中堅・中小企業にも確実に波及します。
大企業がScope3排出量を算定・開示するためには、サプライヤーである中堅・中小企業からの情報提供が不可欠となります。また、金融機関が投融資判断において企業のサステナビリティへの取り組みを重視する「サステナブルファイナンス」の流れも加速しており、中堅・中小企業といえども、自社のサステナビリティ情報を整理し、開示できる体制を整えることの重要性は増しています。
まずは、自社の事業活動が環境・社会に与える影響を把握し、できるところから改善に取り組むこと、そしてその取り組みを社内外に伝えていくことが第一歩となるでしょう。
まとめ:SSBJ基準はサステナビリティ経営本格化の号砲、未来への投資
「SSBJ基準」の適用開始は、日本企業にとって、サステナビリティ経営を本格化させる号砲と言えます。法定適用に向けた変化を負担と捉えるか、成長の機会と捉えるかで、数年後の企業の姿は大きく変わってくるでしょう。
この基準は、企業に対し、短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点での持続可能性と、社会・環境への責任を経営の中心に据えることを強く求めています。早期かつ主体的にこの変化に対応し、サステナビリティへの取り組みを自社の競争力強化と企業価値向上に結びつけていくことが、これからの時代を勝ち抜くための重要な鍵となるはずです。
さらに詳しく知るために
- サステナビリティ基準委員会(SSBJ)ウェブサイト: https://www.asb.or.jp/jp/ssbj/
- 金融庁「サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グルーCプ」関連資料: (金融庁ウェブサイトで検索ください)
- IFRS財団 ISSB基準関連ページ: https://www.ifrs.org/groups/international-sustainability-standards-board/
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