「電力を作って、捨てない」— 株式会社NO NAME 安間信裕が拓く再エネ×地域共生【前編】
株式会社NO NAME 代表取締役 安間信裕氏 × 株式会社FrankPR 代表取締役 松尾真希
日本の再生可能エネルギー普及には、長らくふたつの問いが残されてきました。
ひとつは「日中に余る電力をどう活かすか」。もうひとつは「森林や生態系を犠牲にせず、どう開発を進めるか」。名古屋市中村区に本社を置き、太陽光発電と蓄電池を組み合わせた発電所の開発・施工・運用を手がける株式会社NO NAMEは、このふたつの問いに正面から向き合ってきた事業者のひとつです。代表取締役の安間信裕さんに、東日本大震災を原点とする事業観と、そこから生まれた電力マネジメントの哲学を伺いました。
本記事は前後編構成です。
前編では、震災の体験から「コントロールできないものに頼らない」という事業観が生まれた経緯と、太陽光×蓄電池で「電力の昼夜ギャップ」を解く発想を中心にお届けします。
今回は、株式会社NO NAMEの安間信裕さんに、その独自の取り組みと根底にある想いについて、株式会社FrankPRの松尾真希が日本古来の文化を守る活動もされている安間社長・(写真左)の社長室にてお話を聞かせていただきました。

1. 事業の原点 —「コントロールできないものに頼らない」
松尾:本日はよろしくお願いいたします。NO NAMEさんが再生可能エネルギー事業に本気で取り組まれている原点には、東日本大震災での体験があると伺いました。あの日、安間さんはどのような状況にいらしたのですか?
安間:あの日は出張で東京に行っていたのですが、インターネットがつながらず、交通網もマヒして都心の各地が大混乱し、何が起こっているのか全然分かりませんでした。ホテルも取れず、カラオケボックスで一夜を過ごして、翌日、やっとの思いで名古屋行きの新幹線に乗ることができました。新幹線は満席で立ち乗りの乗客が通路にまで延びていました。その車内で乗客が新聞を広げて読んでいて「海岸線沿いに3,000人の水死体」という記事が一面にあって、とんでもないことが起こったと初めて分かりました。名古屋駅に着いたのもつかの間、取引先の社長から「人道支援のために30人、至急職人を集めてください」と電話があって、私たちもすぐ動かなければと思ったんです。
松尾:3月11日は年度末で、建設業界としては最も忙しい時期ですよね。それでも自社および協力会社社員30人を被災地へ派遣されたと伺っています。その意思決定の背景を教えてください。
安間:たしかに、年度末で非常に忙しい時期でした。ですが、絶対に行かなきゃならない!という直感に突き動かされました。協力会社さんに無理やり職人を出してもらうのに、自社の社員を向かわせないというわけにはいきません。
お客様に丁寧に事情を説明し、現地支援に出せる社員を募りました。危険なところへ行かせる以上、代表者である自分も行かないわけにはいきません。すべての予定をキャンセルして社員、協力会社の職人合わせ、30人で東京へ向かいました。
東京に集まってからは、ドラッグストアやスーパー、ガソリンスタンドを駆けずり回って、粉ミルクや紙おむつ、携帯の充電器、水など、現地で必要な物資を一日中かけて買い集めました。それを10トントラック10台に積んで、東北道は通行禁止だったので、警視庁で特別通行証を発行してもらって現地へ走りました。
私たちは携帯基地局の建設工事をやっていたので、現地では支援物資を届けるだけでなく、津波で電柱が倒れ、電波を飛ばせなくなった基地局の代わりに、衛星と通信して電波を飛ばす仮設型基地局を避難所ごとに設置して回りました。その後も被災エリアでの活動は多岐にわたり、現地での作業は2024年12月まで続きました。
松尾:「コントロールできないものに頼ってはいけない」という言葉に、再エネに対する強い信念を感じます。現地での経験が、その後の事業観をどう変えたのでしょうか?
安間:現地で活動しているとき、自分たちは放射線量計を常に身に着けていました。放射線は目に見えないし、怖いし、社員たちもひどく怯えていました。作業開始時間になっても、みんな車の中からなかなか出てこない。
社員に、これがいかに重要で大切な任務であるかを丁寧に説明し、なんとかみんなが前向きに作業できるよう心を尽くしました。度重なる余震で三半規管に支障をきたし、常に揺られているような感覚が抜けずに通院する社員もいました。また、風評被害に苦しむ漁協の方たちや、被災地から避難した方が「被曝地域から来た」と差別を受ける姿も目にしました。
そういうものを見たり、聞いたりしているうちに、人がコントロールできないものに、社会の土台を預けてはいけないと強く感じたんです。再生可能エネルギーにも、もちろん課題はあります。それでも、原発や火力発電所と比べて、何かが起きたときや環境に与える影響を比較してどちらがいいかと天秤にかけると、これからの日本には、より管理しやすい最先端のエネルギーを普及させていく意味があるんじゃないかと思いました。
(写真:日本古来の文化を守
2. 太陽光×蓄電池が解く「電力の昼夜ギャップ」
松尾:再生可能エネルギーの中でも、特に太陽光発電と蓄電池の組み合わせに注力されていますね。両者をセットにする発想の背景を教えてください。
安間:いま再生可能エネルギーの主力は太陽光発電です。ただ、太陽光は太陽が出ている時間帯にしか発電できないので、日中に電気が余る状態になっているんです。昔は三世代で一緒に暮らしていて、おじいちゃんおばあちゃんが家にいて、日中もごく普通に電気を使っていました。でも今は、子どもは学校へ行き、お父さんお母さんも共働きという家庭が多いですよね。家の中で動いているのは、冷蔵庫くらいです。一方、夜になると家庭で電気を使い始めます。夜は娯楽がたくさんあって、ゲームを夜中までやったり、動画配信を見たり、電気をたくさん使うようになりました。スマートフォンも大きなデータをやり取りするので、夜の電気が足りない状態が生まれている。ここに、太陽光単体ではどうしても埋められないギャップがあるんです。
松尾:電力会社が買い取れない余剰電力を「捨てない」という発想は、まさにそのギャップへの答えですね。
安間:そうなんです。昼間は電気の供給先が少ないために電気が余って、太陽光で発電しても電力会社が買い取ってくれず、抑制が加わって無駄に捨ててしまう状況がありました。せっかく作ったクリーンな電気を捨ててしまうのは、もったいないですよね。そこで、太陽光と蓄電池をセットにして、昼間に捨てるはずだった電気を蓄電池に貯め、夜の市場へ送ることで、電力不足を解消していこうという方向になっています。電気を作って使うだけの時代から、電気を作って、コントロールしながら、上手く使う、無駄にしない時代へ移ってきている。それを支えているのが蓄電池の役割です。

松尾:お客様の現場では、エネルギーマネジメントがどのような形で電力コストの削減につながっているのでしょうか?
安間:たとえばスーパーや、24時間・夜間も動いている工場では、電気が安い時間帯にできるだけ電力を買って蓄電池に貯めておき、料金が高い時間帯はその蓄電池から電気を使うという考え方があります。同じ業務をしていても、電気をどの時間に買い、どの時間に使うかをマネジメントするだけで、コスト構造が変わってくるんです。電気が通貨になると言われるくらいの時代ですから、エネルギーをきちんと管理する力は、もう経営の重要なテーマです。私たちは、ただ発電所を作って終わりではなく、お客様の事業に合わせて、エネルギーを管理し、課題を解決できる会社でありたいと思っています。
後編予告
電力を「捨てない」発想は、再エネを社会に根付かせる出発点に過ぎません。後編では、安間さんが向き合うもうひとつの大きな問い —「森林や生態系を犠牲にせず、どう開発を進めるか」を中心に、「積極的開発エリア」と「消極的開発エリア」の分類運用、地域・生態系を守るルール、多様な担い手と共に働く現場、そして本物の伝統を支える社会循環型ビジネスの構想までを伺います。
▶ 後編へつづく
【企業情報】
株式会社NO NAME 所在地:愛知県名古屋市中村区名駅5-2-17 プログレス名駅2F 代表取締役:安間信裕 事業内容:再生可能エネルギー(太陽光発電・蓄電池)の開発・施工・運用、エネルギーマネジメント、建設業 公式サイト:https://kk-noname.co.jp
主要なSDGs取り組み(前編で言及した範囲):
- 目標7(エネルギーをみんなにそしてクリーンに) — 太陽光×蓄電池による昼夜電力マネジメント、余剰電力を「捨てない」運用、お客様事業に合わせたエネルギー管理
- 目標13(気候変動に具体的な対策を) — 再エネ普及を通じた脱炭素貢献、原発や火力に依存しない社会への移行


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