ニュース解説コラム
こんにちは、「脱炭素とSDGsの知恵袋」編集長の日野広大です。
病児保育や保育施設運営など、社会課題解決の第一線を走ってきた認定NPO法人「フローレンス」が、補助金で購入した施設をめぐり「違法状態」にあったとして謝罪しました。
待機児童問題の解消など、まさにSDGsの目標(ゴール3, 4, 5, 10など)に直結する活動を行ってきた組織のニュースだけに、衝撃を受けた方も多いでしょう。
今回の問題は、単なる「手続きミス」では済まされない、SDGsを目指すすべての組織が陥りがちな「罠」を示しています。SDGsの根幹である「ガバナンス(組織統治)」の視点から、この問題を詳しく解説します。
こんな人におすすめです
- 「フローレンスの問題」がなぜそんなに騒がれているか知りたい方
- 「抵当権」と「根抵当権」の違いを分かりやすく知りたい方
- NPOや企業の「透明性」「説明責任」に関心がある方
- SDGs、特に「ガバナンス(SDGs 16)」の重要性を学びたい企業担当者
1. 概要:フローレンスに何が起こったのか?
まず、何が起きたのかを簡単に整理します。
- 公的資金で施設建設: フローレンスは2017年、渋谷区の区有地に保育施設「おやこ基地シブヤ」を建設しました。建設費には渋谷区の補助金(約9700万円)や日本財団の助成金(約3400万円)など、合計約1.3億円の公的資金が使われました。
- 「抵当権」で申請: フローレンスは銀行から5000万円を借りる際、この建物を担保に入れるため、渋谷区に「抵当権を設定したい」と申請し、承認を得ました。
- 「根抵当権」で登記: しかし、実際には「抵当権」ではなく、より強力な「根抵当権」を登記。 これは区の承認内容と異なるもので、「明確にNG」「違法状態」と指摘されています。
- 発覚と謝罪: この事実が外部(渋谷区議)からの指摘で発覚し、フローレンスは「(抵当権と根抵当権の)性質の違いを十分に理解していなかった」と謝罪。 借り入れた金は一括返済し、根抵当権を外す手続きを進めていると発表しました。
2. 【日野が解説】問題の核心:「抵当権」と「根抵当権」の決定的な違い
「どっちも担保でしょ? 何がそんなに違うの?」と思いますよね。ここが最大のポイントです。難解な法律用語ですが、身近なたとえ話で説明します。
抵当権(住宅ローンのイメージ)
- 特徴: 「特定の1つの借金」だけを担保します。
- たとえ話: 3000万円の家を買うために「3000万円の住宅ローン」を組むケース。この「3000万円の返済」だけが担保の対象です。返済が終われば抵当権は消えます。
- 補助金施設の場合: 区が承認した「抵当権」は、この「おやこ基地シブヤ」の建設や運営(保育事業)に使うための特定の借金(今回なら5000万円)のみを対象とすべきでした。
根抵当権(事業用の「使い放題カード」の枠)
- 特徴: 「特定の借金」ではなく、「上限額(極度額)」の枠 を設定し、その枠内なら何度でも借りたり返したりできる包括的な担保です。
- たとえ話: 「上限5000万円」の事業用カードローン枠を作るイメージ。一度返しても枠は消えず、また借りられます。
- 最大の問題点: 渋谷区の担当者が指摘するように、借りたお金の使い道(使途)が限定されません。
なぜ補助金施設で「根抵当権」がNGなのか
補助金適正化法は、税金など公的資金で作った資産(今回は保育施設)を、目的外(=保育事業以外)に使ったり、勝手に売ったり担保に入れたりすることを原則禁止しています。
今回、区が「抵当権」なら(例外的に)承認したのは、あくまで「保育事業のため」という目的が担保されるからです。
しかし「根抵当権」では、極端な話、フローレンスがその5000万円の枠を使って「保育とは全く関係ない別の事業」のためにお金を借りることも理論上可能になってしまいます。
公的資金(税金)で作った施設が、いつの間にか別の事業のリスクを背負わされる…これが「明確にNG」と言われる理由です。
3. SDGsの視点:なぜこれが「SDGs 16」の問題なのか?
ここからが本題です。フローレンスが行う保育事業は、SDGsの多くの目標に貢献する、社会にとって不可欠な活動です。私も子育て中の身として、その重要性は痛感しています。
しかし、SDGsは「何をやるか(活動内容)」だけで達成できるものではありません。
社会的ミッションと「ガバナンス」の歪み
今回の問題は、SDGsとは?何かの根幹に関わります。それは、SDGs 16「平和と公正をすべての人に」です。
ターゲット 16.6: あらゆるレベルにおいて、実効的で説明責任のある透明性の高い制度を発展させる。
まさにこれです。
社会課題の解決という「正しい目的」を掲げる組織(NPO、企業、行政)ほど、その運営プロセス(=ガバナンス)は、誰よりもクリーンで、透明で、説明可能でなければなりません。
フローレンス側は「(違いを)十分に理解していなかった」と説明しています が、公金を扱う事業者として、また社会的評価の高いNPOとして、その説明でステークホルダー(寄付者、行政、利用者、社会全体)が納得できるかは疑問が残ります。
「目的が正しいから、手段(手続き)は多少省略しても良い」
「専門家でない行政や市民にはバレないだろう」
もし組織にそうした空気が少しでもあったとしたら、それはSDGs 16の精神に真っ向から反します。
失われるステークホルダーからの信頼
企業の社会的責任(CSR)やサステナビリティ経営において、最大の資産は「信頼」です。
行政(渋谷区)は「抵当権」で承認したのに、登記内容の確認を怠っていました。 金融機関も、なぜ「根抵当権」の登記を進められたのか。 そしてフローレンス自身。関係者全員の「確認不備」が重なっています。
一度失った信頼を取り戻すのは容易ではありません。
4. 私たちの教訓:社会課題解決と「透明性」
このニュースは決して他人事ではありません。
「目的は正しい」だけでは不十分
「SDGsに取り組んでいます!」と宣言する企業や団体は増えました。しかし、その「手段」は本当に公正でしょうか?
- 環境に良い製品を作ると言いながら、サプライチェーンで人権侵害(児童労働など)が起きていないか?
- 脱炭素を掲げながら、データを不透明に操作していないか?
- 社会貢献をうたいながら、組織内部のガバナンスは(今回のように)ずさんになっていないか?
「目的(What)」と「手段(How)」の両方が正しくなければ、それは真のサステナビリティとは呼べません。
私たち市民にできること
私たち市民や消費者、寄付者も、「応援」するだけでなく「監視」する目を持つことが重要です。
NPOに寄付をする時、あるいはサステナブル商品を謳う企業からモノを買う時、その「活動内容」だけでなく、
- 情報開示(財務状況、活動報告)は透明か?
- 組織の意思決定プロセスは公正か?
といった「ガバナンス(SDGs 16)」の視点を持つことが、社会全体の透明性を高める第一歩になります。
まとめ:信頼こそがサステナビリティの基盤
今回のフローレンスの問題は、SDGs(特に保育やジェンダー平等)を推進してきた組織が、足元のSDGs 16(公正・透明性)でつまずいた事例と言えます。
フローレンスには、謝罪や返済だけでなく、なぜこのような事態が起きたのか、当時の担当者への聞き取りを含めた徹底的な原因究明と、ガバナンスの再構築が求められます。
複雑で大きな環境問題や社会問題も、一人ひとりの小さな行動の積み重ねで変えられます。その「積み重ね」とは、信頼に他なりません。知ることが第一歩、そして「透明性」を問い続けることが、私たちにできる重要なアクションです。

コメント