脱炭素とSDGsの知恵袋の編集長、日野広大です。私たちは、政府SDGs推進本部からの表彰(ジャパンSDGsアワード外務大臣賞)という栄誉に甘んじることなく、常に時代の深層を見つめ、本質的な情報を発信することを使命としています。
さて、結論から申し上げます。もし、あなたのビジネスにおける「サステナビリティ」の認識が、「SDGsの17目標」や「CSR活動」で止まっているのであれば、それはあまりに危険な現状認識です。2025年6月に行われた世界経済フォーラムにて、私たちは今、産業革命以来の、あるいは人類史上最大とも言える「経済システムのOS書き換え」の真っ只中にいると断言されています。これは単なるトレンドではありません。気候変動という生存リスクが、資本主義の根幹を揺るがし、国家の安全保障を左右し、金融のルールを根底から変える、不可逆的な地殻変動なのです。
本稿では、「SDGs」という言葉の“心地よい響き”の向こう側にある、不都合な真実と巨大なビジネスチャンスの双方を、一切の忖度なく、徹底的に解説します。
[目次]
- なぜ変革は不可逆なのか:3つの巨大な駆動力
- 気候危機という「物理的リスク」と金融資本の論理
- 地政学リスクと「グリーン・デタント(緑の緊張緩和)」の終焉
- 価値観の変容:「Z世代」が変える消費と労働の未来
- 新時代の羅針盤:GDPから「ウェルビーイング」へ
- SDGsの先へ:「ドーナツ経済学」が示す新・繁栄モデル
- テクノロジーの進化:GX、サーキュラー、ネイチャーポジティブの本質
- アントレプレナーの戦い方:未来を実装する企業たち
- 【海外事例】Patagonia、Northvoltに学ぶ「システム変革型」ビジネス
- 【国内事例】Spiber、ユーグレナ、TBMは日本から世界をどう変えるか
- 結論:我々は文明の岐路に立っている
なぜ変革は不可逆なのか:3つの巨大な駆動力
この変革は、一部の意識の高い人々によるムーブメントではありません。極めて合理的かつ冷徹な「3つの駆動力」によって、強制的に進められています。
H3:気候危機という「物理的リスク」と金融資本の論理
「異常気象」は、もはやニュースの中の言葉ではありません。国連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)第6次評価報告書は、「人間の影響が大気、海洋及び陸域を温暖化させてきたことには疑う余地がない」と断定しました。これは、干ばつ、洪水、山火事といった物理的リスクが、企業のサプライチェーンを寸断し、資産価値を毀損させることを意味します。
このリスクを最も敏感に察知したのが、世界の金融資本です。運用資産総額10兆ドル(約1,500兆円)を誇るブラックロックのラリー・フィンクCEOが、投資先企業のトップに「気候変動リスクへの対応」を毎年厳しく要求する書簡を送っているのは象徴的です。彼らは慈善事業家なのではなく、「気候リスクは、投資リスクそのものである」と判断しているのです。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)による情報開示の義務化は、企業がこのリスクを財務諸表レベルで直視せざるを得ない状況を作り出しました。もはや「儲かるか」の前に、「存続できるか」が問われているのです。
H3:地政学リスクと「グリーン・デタント」の終焉
かつて、環境問題は国家間の協調を促す「グリーン・デタント」の領域でした。しかし、今は違います。脱炭素は、国家のエネルギー安全保障と産業競争力、ひいては覇権を巡る地政学的な主戦場と化しました。
エネルギー資源の9割以上を海外に依存する日本にとって、化石燃料からの脱却は経済安全保障上の最重要課題です。一方で、EUはCBAM(炭素国境調整メカニズム)を導入し、環境対策が不十分な国からの輸入品に事実上の「炭素関税」を課し始めています。これは、脱炭素を新たな貿易のルール(非関税障壁)として、自国産業を守ろうとする明確な国家戦略です。再エネ技術、蓄電池、グリーン水素などの分野で技術的優位性を確立できなければ、日本は経済的に立ち行かなくなる。この国家レベルの危機感が、GX(グリーン・トランスフォーメーション)リーグのような官民一体の動きを加速させているのです。
H3:価値観の変容:「Z世代」が変える消費と労働の未来
ミレニアル世代やZ世代といった、デジタルネイティブかつ、気候変動を自分事として捉える世代が、経済の中心になりつつあります。彼らにとって、企業のサステナビリティへの姿勢は、商品を選ぶ際の「当たり前の判断基準」であり、就職先を選ぶ際の「譲れない価値観」です。
企業のパーパス(存在意義)に共感できない、社会に負の影響を与えていると感じる企業からは、優秀な人材も顧客も静かに去っていきます。これは、ブランドイメージの毀損というレベルではなく、事業継続の根幹である「人材」と「市場」を失うことを意味します。短期的な利益のために社会や環境を犠牲にする企業は、もはや社会的に許容されないのです。
新時代の羅針盤:GDPから「ウェルビーイング」へ
では、私たちはどこへ向かえば良いのでしょうか。そのヒントは、従来の経済指標の「外側」にあります。
SDGsの先へ:「ドーナツ経済学」が示す新・繁栄モデル
SDGsは優れた共通言語ですが、17目標間のトレードオフ(例:経済成長と環境保全)や、達成度を測る難しさといった課題も指摘されています。そこで今、注目されているのが、英経済学者ケイト・ラワースが提唱する「ドーナツ経済学」です。
これは、地球環境の上限(=ドーナツの外側の円)を超えず、かつ、人々の生活に不可欠な社会的な土台(=ドーナツの内側の円)も満たす範囲で経済を発展させるべき、という考え方です。GDPの無限成長を目指すのではなく、「繁栄の範囲(Thriving Space)」に留まることを目指します。オランダのアムステルダム市がこの概念を都市計画の公式な指針として採用するなど、GDP至上主義からの脱却は、すでに具体的な政策レベルで始まっています。
テクノロジーの進化:GX、サーキュラー、ネイチャーポジティブの本質
この新しい経済モデルへの移行を可能にするのが、テクノロジーの力です。
- GX(Green Transformation):単なる再エネ導入に留まらず、産業構造や社会システム全体をクリーンエネルギー中心へ転換すること。これにはCCUS(CO2回収・利用・貯留)や合成燃料(e-fuel)といった革新技術が含まれます。
- サーキュラーエコノミー(Circular Economy):「採掘・製造・廃棄」という一方通行の線形経済から脱却し、製品や資源を廃棄せず、再生・再利用し続ける循環型経済モデル。シェアリングやサブスクリプションといったビジネスモデルの変革も伴います。
- ネイチャーポジティブ(Nature Positive):生物多様性の損失を止め、回復軌道に乗せるという考え方。森林再生や海洋保全だけでなく、事業活動が自然資本に与える影響と依存度を評価し、経営に組み込む動き(TNFD:自然関連財務情報開示タスクフォース)が加速しています。
これらの概念は、新時代の起業家にとって、新たな事業領域そのものなのです。
アントレプレナーの戦い方:未来を実装する企業たち
机上の空論ではありません。すでに世界中で、この変革をリードする起業家たちが未来を実装し始めています。
【海外事例】Patagonia、Northvoltに学ぶ「システム変革型」ビジネス
アウトドア衣料のPatagoniaは、単に良い製品を作るだけでなく、「私たちは、故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というパーパスを掲げ、売上の1%を環境保護に寄付し、政治的な活動さえも厭いません。彼らはアパレル企業という枠を超え、資本主義のあり方を問い直すムーブメントの象徴です。
スウェーデンのNorthvoltは、欧州におけるバッテリーの安定供給という、地政学的な課題解決をミッションに掲げました。化石燃料を使わない「世界で最もグリーンなバッテリー」を製造し、テスラやフォルクスワーゲンに匹敵する巨大企業へと成長しつつあります。彼らは、単なる電池メーカーではなく、欧州のエネルギー自給と産業競争力を支えるインフラ企業なのです。
【国内事例】Spiber、TBMは日本から世界をどう変えるか
日本にも、世界を変えるポテンシャルを秘めた企業が存在します。
- Spiber(スパイバー): クモの糸のように強靭ながら、石油を使わず微生物発酵によって生産できる構造タンパク質素材「Brewed Protein™」を開発。アパレルや自動車産業の脱石油化に貢献するゲームチェンジャーです。
- TBM: 石灰石を主原料とし、水や木材パルプの使用を大幅に削減できる新素材「LIMEX」を開発・製造。紙やプラスチックの代替として、世界の資源問題に挑んでいます。
彼らに共通するのは、目先の利益ではなく、「解決すべき社会課題」から逆算して事業を構想し、テクノロジーの力でその解決策を提示している点です。
結論:我々は文明の岐路に立っている
「新時代のアントレプレナーシップ」とは、小手先のSDGs対応や、流行りのESG投資への目配せではありません。それは、「人新世(Anthropocene)」と呼ばれる、人類の活動が地球環境を左右する時代において、我々の文明をいかにして持続可能な形で次世代へ引き継ぐか、という壮大な問いに対する、起業家たちからの応答です。
これは、一部の意識の高い起業家だけの話ではありません。既存の企業も、これから起業を志す個人も、この大きなシステムの転換点において、自らの立ち位置を決めなければなりません。過去の成功モデルにしがみつき、歴史から退場するのか。それとも、リスクを直視し、変革の担い手として、未来の市場と社会を創造するのか。
選択は、我々一人ひとりに委ねられています。これは単なるビジネスチャンスではない。文明の存続をかけた、我々世代の責任であり、最もエキサイティングな挑戦なのです。
執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大
主要参照情報: IPCC第6次評価報告書、ブラックロックCEOレター、IEA(国際エネルギー機関)レポート、経済産業省GXリーグ構想、ケイト・ラワース『ドーナツ経済学が世界を救う』
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