【SDGs解説】「造船が滅べば国も滅ぶ」- CO2ゼロのアンモニア船で日本の逆襲はなるか?

脱炭素とSDGsの知恵袋の編集長、日野広大です。私たちのメディアは、ジャパンSDGsアワードで外務大臣賞を受賞した企業の知見を活かし、信頼性の高い情報発信を心がけています。今回は、日本の経済安全保障の根幹を揺るがしかねない「造船業の危機」と、それを打開する可能性を秘めた脱炭素技術について、専門家の視点から深く解説します。

「造船業が滅べば、国も滅ぶ」。これは、自民党の緊急提言で使われた強い危機感を示す言葉です。日本の貿易量の99.6%は海上輸送に依存しており、船を自国で造れなくなることは、エネルギーや食料の安定供給が絶たれることを意味します。中国と韓国の寡占が進む厳しい現実の中、今、日本はこの状況を覆すための大きなチャンスを掴もうとしています。その鍵を握るのが、CO2を排出しない「ゼロエミッション船」、特に「アンモニア燃料船」の開発です。

  • なぜ日本の造船業は危機に瀕しているのか?
  • 中韓の寡占状態がなぜ経済安全保障上のリスクなのか?
  • 切り札となる「アンモニア燃料船」とは何か?
  • この挑戦はSDGsのどの目標に貢献するのか?

本記事では、日本の造船業が直面する課題を整理し、脱炭素化という世界的な潮流をどう好機に変えようとしているのか、その最前線をレポートします。

目次

崖っぷちの日本造船業:経済安全保障への深刻なリスク

日本の造船業は今、年間建造量1000万総トンという、産業の維持に不可欠な最低ラインを割り込む寸前にまで追い込まれています。このラインを割ると、造船所の技術者や、エンジンなどを作る関連メーカー(舶用工業)の事業継続が困難になり、国内で船を造る能力そのものが失われかねません。

実際、日本の海運会社からの発注を国内の造船所だけでは満たせない状況が生まれており、世界の造船市場は中国と韓国による寡占状態にあります。もし、これら特定国との関係が悪化すれば、私たちの生活や経済活動に必要な物資を運ぶ船の調達が困難になるという、深刻な経済安全保障上のリスクが現実味を帯びてくるのです。

なぜ苦境に?石油危機から始まった長い道のり

日本の造船業は、決して技術力で劣ったわけではありません。しかし、1973年の石油危機によるタンカー需要の減少、85年のプラザ合意による円高、そして2000年代の中国の急成長期に、将来のリスクを恐れて大規模な設備投資を見送ったことなどが重なり、徐々に国際競争力を失っていきました。

その間、中国は国有企業を中心に規模を拡大し、世界の造船需要の多くを獲得。日本の造船業は事業縮小を余儀なくされ、現在の苦境に至っています。

脱炭素が最大の好機に!ゲームチェンジャー「アンモニア燃料船」

しかし、ここにきて歴史的な大転換のチャンスが訪れています。地球温暖化対策として、海運業界でもCO2を排出しないゼロエミッション船への移行が急務となっているのです。これは、かつて燃料が石炭から石油に変わったのに匹敵するほどの大きな変化であり、この新技術で先行できれば、市場の勢力図を塗り替える可能性があります。

世界が注目する次世代燃料「アンモニア」

その切り札として日本が注力しているのがアンモニアを燃料とする船です。

  • なぜアンモニアなのか?
    1. 調達のしやすさ:水素と窒素の化合物であり、原料が豊富なため生産を拡大しやすい。
    2. 扱いの容易さ:液化天然ガス(LNG)が-162℃で液化するのに対し、アンモニアは-33℃。比較的容易に液体燃料として扱え、既に100年近い海上輸送の実績がある。

もちろん、毒性があるため安全対策が不可欠ですが、日本郵船などが中心となり、リスク調査から徹底的に行い、安全な運航技術の開発を進めています。

官民一体「日の丸チーム」の挑戦

この国家的なプロジェクトを後押しするのが、経済産業省が主導する「グリーンイノベーション(GI)基金」です。日本郵船が主導するアンモニア燃料船開発プロジェクトは、この基金から約84億円の支援を受け、IHI原動機やジャパンエンジンコーポレーションといったメーカー、造船会社が結集する「日の丸チーム」で開発を進めています。

海運会社が自ら「未来の船を発注する」という強い意志を示すことで、関連メーカーや造船所が安心して開発・製造に取り組める環境を作っているのです。これは、SDGs17「パートナーシップで目標を達成しよう」をまさに体現する動きと言えるでしょう。

SDGsの視点:造船業の復活が持続可能な未来を創る

この日本の挑戦は、単なる一産業の再生に留まりません。複数のSDGs目標達成に直結する重要な取り組みです。

  • SDGs 9「産業と技術革新の基盤をつくろう」: ゼロエミッション船という最先端技術への投資は、産業の競争力を高め、強靭なインフラを構築することに貢献します。
  • SDGs 13「気候変動に具体的な対策を」: 国際海運からの温室効果ガス排出は世界の約2.5%を占めると言われます。アンモニア燃料船の普及は、この分野のカーボンニュートラルに向けた大きな一歩です。
  • SDGs 7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」: アンモニアをクリーンな舶用燃料として確立させることは、再生可能エネルギー由来のグリーンアンモニアの普及にも繋がり、エネルギー転換を加速させます。
  • SDGs 8「働きがいも経済成長も」: 造船業という裾野の広い産業を維持・発展させることは、多くの雇用を守り、持続可能な経済成長を支えます。

まとめ

「造船が滅べば国も滅ぶ」という危機感は、決して大げさなものではありません。しかし、脱炭素化という世界共通の課題は、日本にとって最大のチャンスとなり得ます。官民が一体となった「日の丸チーム」によるアンモニア燃料船の開発は、日本の経済安全保障を守ると同時に、世界の気候変動対策にも貢献する、まさに一石二鳥の挑戦です。

この歴史的な転換期において、日本が再び世界の海事産業をリードできるか。その航海はまだ始まったばかりですが、着実に未来への舵は切られています。


執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大
参考資料:日経ビジネス

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