脱炭素とSDGsの知恵袋の編集長、日野広大です。私たちの運営母体であるFrankPRは、その専門性が認められ、政府のSDGs推進本部より「ジャパンSDGsアワード」外務大臣賞を受賞しました。今回は、そんな私たちの視点から、未来の物流と環境を左右する重要なニュースを厳選し、解説します。
2025年6月20日、国土交通省は日本の海運業界の未来を示す羅針盤ともいえる「我が国の将来のカーボンニュートラル貨物運搬船の需要予測」の中間とりまとめを公表しました。一見、専門的で私たちの生活とは遠い話に聞こえるかもしれません。しかし、輸入品に囲まれる私たちの暮らしや日本の産業競争力に直結する、非常に重要な内容です。
この記事では、以下のポイントでこのニュースを深掘りしていきます。
- 国交省が示した「未来の船」の具体的な姿とは?
- なぜ今、「船の脱炭素」が世界的な重要課題なのか?(SDGsとの関連)
- 未来の船の燃料、主役は「アンモニア」と「水素」?
- この変化が日本の造船・海運業界、そして私たちの暮らしに与える影響
2050年、日本の貨物船1,600隻が脱炭素へ – 国交省が示す未来図
今回、国土交通省が発表した予測の核心は、2050年までに日本の国際海運を支える貨物船が、どれくらいカーボンニュートラル(CN)船に置き換わるかという具体的な数字を示した点にあります。
- [原ニュース記事へのリンク] 我が国の将来のカーボンニュートラル貨物運搬船の需要予測(中間とりまとめ) – 国土交通省 2025年6月20日
レポートでは、意欲的な「先進シナリオ」と、より現実的な「標準シナリオ」の2つが提示されました。
- 先進シナリオ: 2050年時点で、日本の外航貨物船隊の約1,600隻がCN船に。
- 標準シナリオ: 同じく2050年時点で約1,200隻がCN船に。
これは、日本の海運業界が保有・運航する船の多くが、今後25年で次世代の環境対応船へと大きく舵を切ることを意味します。この予測は、造船会社や海運会社、燃料供給インフラに関わる全ての企業にとって、今後の投資戦略を決定づける重要なガイドラインとなります。
なぜ今「船の脱炭素」が重要なのか?SDGsと国際社会の潮流
そもそも、なぜこれほど大規模に船を入れ替える必要があるのでしょうか。背景には、気候変動対策という世界共通の課題があります。
国際海運は、世界の貿易量の約9割を支える物流の大動脈ですが、同時に世界のCO2排出量の約3%を占めています。このインパクトの大きさから、国連の専門機関である国際海事機関(IMO)は、2050年頃までに海運からの温室効果ガス(GHG)排出量を実質ゼロにするという非常に高い目標を掲げました。
この動きは、SDGsの目標達成に深く関わっています。
- 目標13:気候変動に具体的な対策を: まさに海運業界全体で取り組むべき最重要課題です。
- 目標7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに: 従来の重油から、アンモニアや水素といったクリーンな代替燃料への転換が求められます。
- 目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう: CN船の開発・建造は、日本の造船技術やイノベーションの真価が問われる舞台です。
- 目標14:海の豊かさを守ろう: GHG排出削減は、海洋酸性化を防ぎ、海の生態系を守ることにも繋がります。
つまり、船の脱炭素は単なる環境対策ではなく、持続可能な社会と経済を実現するための国際的な責務なのです。
主役はアンモニアと水素?次世代燃料船の勢力図を予測
今回のレポートで特に興味深いのは、どの燃料を使う船が主流になるかの予測です。先進シナリオにおける2050年の姿は以下のようになっています。
- アンモニア燃料船: 約4割
- 水素燃料船: 約3割
- 合成メタン・メタノール・バイオ燃料船など: 残りの約3割
なぜ、アンモニアと水素が有力候補なのでしょうか。それぞれの特徴を簡単に見てみましょう。
アンモニア燃料船:最有力候補の理由と課題
アンモニア ($NH_3$) は、燃焼してもCO2を排出しません。既に肥料や化学製品の原料として世界中で大量に製造・輸送されており、既存のインフラを比較的活用しやすいのが大きな利点です。いわば、「既存の道路を走りやすい、現実的なEV車」のような存在です。
ただし、人体への毒性対策や、燃焼時にN2O(亜酸化窒素、CO2の約300倍の温室効果を持つ)が発生する可能性など、技術的な課題も残されています。
水素燃料船:究極のクリーンエネルギーへの期待
水素 ($H_2$) は、燃焼しても水しか排出しない究極のクリーン燃料です。まさに「未来の理想を追求したスーパーカー」と言えるでしょう。
しかし、貯蔵・運搬のためにマイナス253℃という超低温で液体にする必要があり、燃料タンクが大きくなるなど、技術的ハードルが高いのが現状です。エネルギー密度が低いため、長距離航行にも課題があります。
今回の予測は、これらのメリット・デメリットを踏まえ、アンモニアが先行しつつ、技術革新を前提に水素が追いかけるという未来図を描いています。
造船・海運業界への影響は?日本の産業競争力を左右する一手
この需要予測は、日本の基幹産業である海事クラスター(造船業、舶用工業、海運業)にとって、まさに号砲と言えます。
- 造船・舶用メーカー: どの燃料船の技術開発に注力すべきか、明確な指針を得ました。ここで世界をリードする技術を確立できれば、日本の造船業の国際競争力を大きく高めるチャンスとなります。
- 海運会社: 将来の燃料価格や供給体制を見据え、どのCN船を導入するかという経営判断を迫られます。
- エネルギー業界: アンモニアや水素といった次世代燃料の安定的な生産・供給インフラの構築が急務となります。
私たちFrankPRが多くの企業の脱炭素戦略を支援する中でも、自社の排出(スコープ1, 2)だけでなく、取引先や物流などサプライチェーン全体の排出(スコープ3)をいかに削減するかが大きな課題となっています。今回の海運の脱炭素化は、まさにその核心部分であり、あらゆる産業に関わる重要な変革です。
まとめ:オールジャパンで挑む海運のゼロエミッション時代
今回の国土交通省の発表は、2050年のカーボンニュートラルという壮大な目標に向け、海運業界が進むべき航路を具体的に照らし出すものでした。
- 2050年には日本の貨物船の多く(1,200〜1,600隻)がCN船になる。
- 主役はアンモニアと水素で、技術開発とインフラ整備が鍵となる。
- この変革は、気候変動対策(SDGs)と日本の産業競争力の両方に貢献する。
この挑戦は、一企業や一業界だけで達成できるものではありません。造船、海運、エネルギー、そして政府が一体となった「オールジャパン」での取り組みが不可欠です。
私たち消費者も、製品がどのようなエネルギーを使って運ばれてくるのかに関心を持つことが、持続可能な未来の海を守るための第一歩となるでしょう。
執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大 参考資料:国土交通省「我が国の将来のカーボンニュートラル貨物運搬船の需要予測(中間とりまとめ)」
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