脱炭素とSDGsの知恵袋の編集長、日野広大です。私たちの活動は、幸いにも政府SDGs推進本部からもジャパンSDGsアワード「外務大臣賞」を受賞するなど、その専門性を評価いただいております。今回は、スポーツと環境・社会課題解決の専門家である井本直歩子氏(一般社団法人SDGs in Sports代表理事)が、先日2025年4月に行われたF1日本グランプリで目の当たりにした、驚くべきサステナビリティ活動のレポートを基に、その衝撃的な内容と、それが私たちの未来、特に日本のスポーツ界やイベント産業、ひいてはSDGs達成にどのような希望と課題を示しているのかを、熱意を持ってお伝えしたいと思います。果たして、轟音と熱狂の裏側で、どのような「静かな革命」が進んでいたのでしょうか?
本記事で探る、F1日本GPのサステナビリティ最前線:
- 「ここまでやるか!」常用電力グリーン化から驚異のリサイクル率まで、ホンダモビリティランドの本気
- なぜF1が?自動車業界全体の高い意識と国際基準が後押し
- 日本のスポーツ界への光明:F1日本GPが示すロールモデルとしての可能性
- 「知られていない」という大きな課題:26万人の観客へのメッセージとは?
- コストの壁を越えるヒントは米国に?ヤンキースタジアムの「ROI思考」
- CSRから成長戦略へ:サステナビリティをビジネスチャンスに変える視点
鈴鹿の衝撃:常用電力グリーン化、自家発電45%、リサイクル率46%という現実
井本氏のレポートによれば、4月上旬に三重県鈴鹿サーキットで開催されたF1日本グランプリは、単なるモータースポーツの祭典ではありませんでした。まさに、大規模スポーツイベントにおけるサステナビリティ活動の最先端をいく「生きたショーケース」だったのです。
特筆すべきは、大会運営を担うホンダの子会社、ホンダモビリティランドが2020年から推し進めている、包括的かつ本質的な二酸化炭素(CO2)削減努力です。
- エネルギーのグリーン化: 3日間で延べ26万6千人もの観客が訪れる巨大イベントでありながら、驚くべきことに常用電力は再生可能エネルギー由来のグリーン電力を使用。さらに、カーポートには太陽光パネルを設置し、自家発電だけで大会全体のエネルギー需要の45%を供給できる設備を整えていたというのですから、その徹底ぶりには目を見張るものがあります。これは、SDGs目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」および目標13「気候変動に具体的な対策を」への直接的な貢献です。
- 圧巻のゴミ削減とリサイクル: 会場内では使い捨てプラスチックの提供が原則禁止され、植物由来の容器やカトラリーが使用されていました。それだけではありません。外部から持ち込まれたプラスチックごみについても、会場内の分別ステーションで一次分別し、さらに会場外の専用分別センターで二次分別するという徹底ぶり。その結果、リサイクル率は驚異の46%に達したといいます。これは、施設管理者と興行主が同一であるホンダモビリティランドだからこそ実現可能な「理想的な体制」であり、SDGs目標12「つくる責任 つかう責任」を具現化した事例と言えるでしょう。
なぜF1がここまで徹底できるのか?背景にある高い環境意識
こうした先進的な取り組みが可能となっている背景には、自動車業界全体の環境問題に対する意識の高さがあります。
- F1のカーボンニュートラル目標: F1自体が、2030年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の達成を目標に掲げています。これはレース車両だけでなく、施設運営やロジスティクスなど、大会運営全体に関わる厳格な目標です。
- FIAの環境基準: 国際自動車連盟(FIA)が、世界のモータースポーツおよび自動車産業の環境対策を評価する基準(環境認証プログラムなど)を設けていることも、取り組みを後押しする大きな要因となっています。
これらの業界全体のコミットメントが、F1日本GPのような個別のイベントにおける高いレベルのサステナビリティ活動を実現させているのです。
日本のスポーツ界への光明:F1日本GPが示すロールモデル
井本氏が「日本でここまで大規模なスポーツの興行でサステナビリティー活動に実直に取り組み、実現できていることに大きな希望を感じる」と述べているように、F1日本GPの事例は、日本の他のスポーツイベントや興行にとって、まさにロールモデルとなり得るものです。
環境問題への取り組みを始めるチームや競技団体は増えてきているものの、多くはまだ手探り状態です。そんな中、具体的な目標設定、徹底した実践、そして目に見える成果を示したF1日本GPの取り組みは、他のスポーツ関係者にとって大きな勇気と具体的な指針を与えるでしょう。
「もったいない!」26.6万人の観客に届いていないサステナビリティのメッセージ
しかし、これほど素晴らしい取り組みが揃っているF1日本GPにも、改善の余地があると井本氏は指摘します。それは、「来場者にサステナビリティー活動の内容がほとんど告知されていない」という点です。
3日間で延べ26.6万人もの人々が訪れるこのイベントで、行われている環境配慮の取り組みがきちんと伝えられれば、その啓発効果は計り知れません。例えば、分別ステーションに並ぶ際に「この行動がリサイクル率46%に繋がっている」と知るだけで、観客の意識や行動は大きく変わる可能性があります。これは、SDGs目標4「質の高い教育をみんなに」における、持続可能な開発のための教育(ESD)の観点からも非常に重要です。
コストの壁とビジネスチャンス:ヤンキースタジアムの「ROI思考」に学ぶ
ホンダモビリティランドのような強力な母体を持つ組織だからこそ可能な投資もあるでしょう。しかし、多くのスポーツ興行主にとって、環境負荷軽減のためのコスト負担は大きなハードルです。この点について、井本氏は米国での視察からヒントを提示しています。
- ニューヨーク・ヤンキースの「ゼロ・ウェイスト」: 米大リーグのヤンキースタジアムでは、「燃えるゴミ」の捨て場所がなく、リサイクル用とコンポスト(堆肥化)用のゴミ箱のみが設置されているという徹底ぶり。担当者によれば、こうした取り組み一つひとつについて、ROI(投資収益率)を考慮した上で導入を決定しているとのこと。つまり、コストとしてだけでなく、ブランド価値向上や新たな収益機会、あるいは長期的なコスト削減に繋がる「投資」として捉えているのです。
CSRから成長戦略へ:サステナビリティを新たな価値創造の源泉に
この「ROI思考」は、日本のスポーツ界がサステナビリティ活動を推進する上で非常に重要な視点です。これまで、サステナビリティは企業の社会的責任(CSR)の一環として、どちらかというとコスト要因と捉えられがちでした。しかし、井本氏が強調するように、そこには多くの付加価値やビジネスチャンスが眠っているはずです。
- 新たなスポンサー獲得: 環境意識の高い企業にとって、サステナビリティに積極的に取り組むスポーツチームやイベントは、非常に魅力的なパートナーです。活動を積極的にアピールすることで、新たなスポンサーシップ獲得に繋がる可能性があります。
- ファンエンゲージメントの強化: 社会貢献意識の高いファン層(特に若年層)にとって、応援するチームが環境問題に取り組むことは、チームへの共感や誇りを高めます。
- ブランドイメージの向上: 先進的なサステナビリティ活動は、チームやイベントのブランドイメージを向上させ、メディア露出の機会も増えるでしょう。
日本のスポーツ界全体が、サステナビリティの推進を単なる「良いこと」としてではなく、組織の成長と発展に不可欠な「成長戦略」と位置づけ、積極的に取り組むことが、今まさに求められています。
まとめ:F1日本GPの熱狂の先に見えた、持続可能な未来へのアクセル
F1日本グランプリが見せたサステナビリティ活動の最前線は、私たちに大きな希望と具体的な道筋を示してくれました。それは、大規模イベントであっても、本気で取り組めば環境負荷を大幅に低減し、むしろそれを新たな価値創造に繋げることができるという証明です。
もちろん、課題はあります。情報発信の強化、コスト負担の克服、そして何よりも、この動きを一部の先進的な事例に終わらせず、スポーツ界全体、さらには社会全体へと広げていくための仕組みづくりが必要です。
私たち「脱炭素とSDGsの知恵袋」は、井本直歩子氏のような専門家の洞察に学びながら、こうした先進事例を広く伝え、議論を深め、そして具体的なアクションに繋げていくお手伝いをしていきたいと考えています。スポーツが持つ大きな求心力が、持続可能な未来へのアクセルを力強く踏み込むことを心から期待しています。
執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大
参考資料:
- 日本経済新聞 2025年5月16日掲載「F1日本GPで見たサステナビリティー活動の未来(井本直歩子)」
- 一般社団法人SDGs in Sports 公式情報
- 国際自動車連盟(FIA)環境関連情報
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