脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長の日野広大です。当メディアは、政府SDGs推進本部からも表彰(ジャパンSDGsアワード 外務大臣賞)された知見を活かし、皆様に最新かつ信頼できるSDGs・脱炭素情報をお届けしています。今回は、企業の脱炭素戦略でますます重要度を増す「GHGスコープ3」と、その削減に不可欠な「一次データ」活用に関する環境省の新ガイドラインについて、専門家の視点から分かりやすく解説します。
- この記事でわかること
- なぜ今「スコープ3」と「一次データ」が重要なのか?
- 環境省の新ガイドラインのポイント(一次データの定義、第三者保証など)
- 二次データ算定の限界と一次データの必要性
- 一次データ入手の課題と企業の対応策
- スコープ3開示義務化の可能性と今後の展望
なぜ今「スコープ3」と「一次データ」なのか? – 環境省 新ガイドライン登場
企業の温室効果ガス(GHG)排出量を把握・削減する動きが加速する中、注目されているのが「スコープ3」です。これは、自社の直接排出(スコープ1)やエネルギー使用に伴う間接排出(スコープ2)とは異なり、原材料の調達から製品の使用・廃棄に至るサプライチェーン全体の排出量を指します。多くの企業にとって、スコープ3は総排出量の大部分を占めるため、脱炭素化達成には避けて通れない領域です。
こうした中、環境省は2025年3月末、サプライチェーン排出量算定に関するガイドラインを3年ぶりに改訂しました。この新ガイドラインの最大のポイントは、スコープ3算定における「一次データ」の活用を明確に推奨した点です。
これまで多くの企業は、業界平均値などの「二次データ」を用いてスコープ3を算定していました。しかし、二次データでは個々のサプライヤーの具体的な削減努力が反映されにくく、「サプライチェーン全体で排出量を減らす」という本来の目的達成には限界がありました。環境省の新ガイドラインは、この課題に対応し、より実効性のある削減を進めるための重要な一歩と言えます。
- 参照: 環境省「サプライチェーン排出量算定に関する基本ガイドライン(ver.3.0)」https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/unit_outline_V3-3.pdf
「二次データ」では不十分?一次データ活用の重要性
サプライヤーの努力を映す鏡としての一次データ
なぜ、手間のかかる一次データが推奨されるのでしょうか? 理由は明確です。二次データ(業界平均値やデータベース上の推計値)では、サプライヤーが行った省エネ改善や再生可能エネルギー導入といった個別の努力が、自社のスコープ3排出量算定に反映されないからです。
例えば、A社がある部品を調達する際、サプライヤーX社は積極的に再エネを導入して排出量を削減していても、二次データで計算すると、業界平均の高い排出量でカウントされてしまう可能性があります。これでは、サプライヤーの努力は報われず、A社も正確な排出量を把握できません。
一次データ(サプライヤーから直接提供される、実際の活動量や排出係数に関するデータ)を用いれば、こうしたサプライヤーの努力を正確に算定に反映できます。これにより、真に排出削減に貢献しているサプライヤーを評価し、サプライチェーン全体での具体的な削減行動を促すインセンティブが生まれます。これはSDGsの目標13「気候変動に具体的な対策を」や目標12「つくる責任 つかう責任」の達成に直結する重要な取り組みです。
一次データ入手の壁:なぜ難しいのか?
しかし、理想的な一次データの入手には高いハードルが存在します。
- サプライヤー側の負担: データ収集・算定・提供には手間とコストがかかります。特に中小企業にとっては大きな負担となる場合があります。
- データの機密性: 自社の詳細な生産プロセスに関わるデータ提供に抵抗を感じるサプライヤーもいます。
- サプライチェーンの複雑さ: 原材料を遡れば遡るほど、関わる企業は膨大になり、どこまでデータを追跡・収集すべきか線引きが難しいという問題がありました。
こうした背景から、多くの企業は一次データでの算定に二の足を踏んでいたのです。
環境省 新ガイドラインの核心 – 一次データ活用の「羅針盤」
今回の環境省 新ガイドラインは、こうした課題に対し、企業が一次データ活用を進める上での具体的な指針を示しました。
何が「一次データ」? – ティア1からの情報が鍵
新ガイドラインでは、スコープ3算定における一次データの活用を推奨しつつ、「製品単位のGHG排出量(カーボンフットプリント:CFP)を算定し、その情報を直接の取引先(ティア1サプライヤー)から入手して活用すること」を、最も精緻な一次データ活用方法として位置づけました。
つまり、まずは自社が直接取引しているサプライヤー(ティア1)から、そのサプライヤーが供給する製品・サービスごとの排出量データ(CFP)を入手することが、現実的かつ重要な第一歩となります。どこまでも遡る必要はなく、まずは直接の取引先との連携から始めることが推奨されています。
第三者保証は必須? – 環境省の見解
サプライヤーから提供された一次データの信頼性をどう担保するか、という点も重要です。この点について、新ガイドラインでは「現時点では、第三者検証等の実施を推奨するものではない」としています。
これは、多くのサプライヤー、特に中小企業にとって第三者検証の取得が大きな負担になることを考慮した現実的な判断と言えます。まずはデータの収集・活用を進めることを優先し、将来的に必要性や体制が整えば検証の導入も検討される、という段階的なアプローチが示唆されています。
企業はどう動くべきか?スコープ3削減への第一歩
新ガイドラインを受け、企業はスコープ3削減に向けて具体的にどう動くべきでしょうか?
まずは「排出源の特定」から
闇雲に全サプライヤーにデータ提供を求めるのは現実的ではありません。まずは、自社のスコープ3排出量のうち、どのカテゴリ(原材料調達、輸送、廃棄など)や、どのサプライヤーからの排出量が大きいのかを特定することが重要です。二次データも活用しながら、重点的に取り組むべき領域を見極めましょう。
サプライヤーとの連携強化が不可欠
排出量の大きいサプライヤーが特定できたら、積極的に対話し、一次データ提供の協力や排出削減に向けた協働を依頼していく必要があります。単にデータを要求するだけでなく、なぜ一次データが必要なのか、それによってサプライヤーにもどのようなメリット(削減努力の可視化、取引継続など)があるのかを丁寧に説明し、信頼関係を構築することが成功の鍵となります。これはSDGsの目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」の実践そのものです。
私たちFrankPRでも、企業間のコミュニケーション戦略支援を通じて、こうしたサプライヤーエンゲージメントの重要性を実感しています。
スコープ3開示義務化は来るか? – 未来への展望
現在、国際的なルール作りを進めるGHGプロトコルにおいても、スコープ3算定・開示の重要性は増しており、将来的には義務化される可能性も議論されています。また、日本の「地球温暖化対策計画」でもスコープ3削減に向けた施策強化が打ち出されており、企業に対する要請は今後さらに強まるでしょう。
今回の環境省ガイドラインは、こうした国内外の動向を見据え、企業が将来的な要請に対応するための準備を促す意味合いも持っています。二次データによる概算把握から、一次データを用いたより精緻な算定・削減へとステップアップしていくことが、これからの企業の持続可能性を左右する重要な要素となります。
まとめ
環境省の新ガイドラインは、企業のスコープ3排出量削減における「一次データ」活用の重要性と具体的な進め方を示しました。
- スコープ3削減には一次データ活用が不可欠。
- 新ガイドラインは「ティア1サプライヤーからのCFP情報入手」を推奨。
- 第三者保証は現時点では必須ではない。
- 企業はまず「排出源の特定」と「サプライヤーとの対話」から始めるべき。
- 将来的にはスコープ3開示の義務化も視野に入れる必要がある。
サプライチェーン全体での脱炭素化は、一社だけでは成し遂げられません。今回のガイドラインを羅針盤とし、サプライヤーとの強固なパートナーシップを築きながら、着実に排出削減を進めていくことが、これからの企業に求められる姿勢です。
- 環境省「サプライチェーン排出量算定に関する基本ガイドライン」https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/files/tools/1ji_data_v1.0.pdf
- オルタナ記事「GHG「スコープ3」削減に一次データをどう活用するのか」https://www.alterna.co.jp/154453/
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