こんにちは。「脱炭素とSDGsの知恵袋」編集長の日野広大です。私たちFrankPRは、SDGs推進の専門家として政府からも表彰(ジャパンSDGsアワード)を受けており、その視点から今回は、英国発の衝撃的なレポートが示す「柔軟な働き方の格差」について深掘りします。
パンデミックを経て、オフィスワーカーの間ではハイブリッドワークなど柔軟な働き方が広がりました。しかし、社会を支える最前線(フロントライン)で働くエッセンシャルワーカーたちの労働条件は「時代に取り残されたまま」だとしたら?これは、SDGsが掲げる「働きがい」や「不平等の是正」に真っ向から反する問題です。
この記事でわかること
- 英国で明らかになった「柔軟な働き方」における二極化の実態
- なぜパンデミックの英雄であるエッセンシャルワーカーが取り残されるのか?
- 「柔軟性=リモートワーク」ではない!現場仕事でも可能な働き方改革の事例
- この問題がSDGs(特に目標8, 5, 10)達成をどう阻むのか
- 日本社会への警鐘と、私たちにできること
パンデミックの英雄から取り残された人々 – 英国で進む「働き方格差」の実態
英国の社会事業団体Timewiseが発表したレポートは、国内の労働市場が「二極化(two-tier workforce)」していると警鐘を鳴らしています。パンデミック時に私たちの生活を支えた看護師、店舗スタッフ、交通機関の運転手といったフロントラインワーカーたちが、働き方の柔軟性という恩恵から取り残されているのです。
ニュースのポイント
- 格差の現状:オフィスワーカーは過去5年で130万人以上(14%)が柔軟な時間設定で働けるようになった一方、シフトワーカーで同様の柔軟性を持つのはわずか6%で変化なし。
- フロントラインワーカーの困難:医療予約のための時間確保、育児や介護との両立、健康状態に合わせた勤務調整などが極めて難しい。
- 企業の言い分:運用上の課題や新しいシフトパターン導入のコストが障壁。
- 出典:The Guardian 2025年1月27日記事
Timewiseのディレクター、クレア・マクニール氏は「オフィス勤務の従業員が仕事と生活の要求をうまく管理できるようになっているのに対し、私たちの国を動かし続けている最前線の労働者との間で、二極化した労働力が生まれている」と指摘しています。これは、まさに「エッセンシャルワークのパラドックス」と言えるでしょう。社会に不可欠な仕事でありながら、その担い手は旧態依然とした硬直的な労働条件に縛られているのです。
「柔軟性=リモートワーク」ではない!現場仕事でも可能な働き方改革
「現場仕事だから柔軟な働き方は無理」と諦めるのは早計です。レポートでは、建設業界のような伝統的に柔軟性が低いとされる分野でも、変革が可能であることが示されています。
建設会社BAMの挑戦:業界の常識を覆す「21世紀型」の現場とは
英国で6,700人の従業員を抱える建設会社BAMは、2019年から柔軟な働き方の試験導入を開始し、その後拡大しています。同社の幹部は「業界を21世紀に対応させるため」「若い労働者を引き付けるため」と、その意義を語ります。
BAM社の具体策:
- 始業・終業時間の弾力化
- (記事にはないが想定される例)圧縮労働時間(例:週4日勤務で1日あたりの労働時間を長くする)
- チーム内でのシフト調整の権限移譲
BAM社は、物理的に現場にいる必要があっても、何らかの形で柔軟性を提供できると考えています。これは、「柔軟性とは、単にリモートワークを指すのではない」という重要なメッセージです。
「少しの工夫」が生む大きな変化 – Timewiseの実証実験
Timewiseは、パイロット事業を通じて「常識的な変更を加えることで、人々の日常生活を大きく変えることができる」と示しています。医療予約のための時間休や、育児に必要なシフト調整など、細やかな配慮と工夫が、従業員のウェルビーイングとエンゲージメントを高めるのです。
専門家が解説:働き方格差がSDGs達成を阻む理由
この「柔軟な働き方の格差」は、SDGsの複数の目標達成にとって深刻な障害となります。
- 目標8「働きがいも経済成長も」:
ターゲット8.8「すべての労働者の権利を保護し、安全・安心な労働環境を促進する」に反します。柔軟性の欠如は、働きがいを損ない、離職率を高め、結果として企業の生産性やイノベーションをも阻害します。ワークライフバランスが給与よりも重要な動機となっている現代において、これは致命的です。 - 目標5「ジェンダー平等を実現しよう」:
看護、介護、小売といったフロントラインの職種は、伝統的に女性が多く従事しています。育児や介護の責任を負うことが多い女性にとって、柔軟な働き方の欠如はキャリア継続の大きな障壁となり、ジェンダー間の経済格差を固定化・拡大させる恐れがあります。 - 目標10「人や国の不平等をなくそう」:
「two-tier workforce」という言葉が示す通り、この格差は社会の分断を深めます。特に、フロントラインワーカーは比較的低賃金であるケースも多く、柔軟性のなさからスキルアップやキャリアチェンジの機会が奪われれば、不平等はさらに深刻化します。 - 目標3「すべての人に健康と福祉を」:
必要な時に医療機関にかかれない、あるいは健康状態に合わせて働き方を調整できない環境は、労働者の心身の健康を蝕みます。
日本への警鐘:私たちも対岸の火事ではないエッセンシャルワークの課題
英国のこのレポートは、日本社会にとっても他人事ではありません。日本でも、小売業、運輸業、医療・介護分野などで働くエッセンシャルワーカーの多くが、硬直的なシフト勤務や長時間労働、低賃金といった課題に直面しています。
【専門家の視点】
特に日本では、正社員と非正規社員の間の「待遇格差」が長年問題視されてきましたが、今回の英国の事例は、雇用形態だけでなく「職種による柔軟性の格差」という新たな不平等軸を浮き彫りにしています。
「現場だから仕方ない」という固定観念を打ち破り、職種ごとの特性に応じた「オーダーメイドの柔軟性」をいかにデザインできるかが、これからの企業経営の鍵を握るでしょう。
誰もが「自分らしい働き方」を選べる社会へ – 企業と政府に求められること
この格差を解消し、SDGsが目指す「誰一人取り残さない」社会を実現するために、何が必要でしょうか。
- 企業に求められること:
- 経営トップのコミットメント:柔軟な働き方の推進を、福利厚生ではなく経営戦略として位置づける。
- 現場の声を聴く:従業員一人ひとりのニーズや課題を丁寧にヒアリングし、共に解決策を探る。
- 「できること」から始める:BAM社やTimewiseの事例のように、小さな工夫や試験導入から成功体験を積み重ねる。
- テクノロジーの活用:シフト管理ツールの導入や、情報共有のデジタル化で、柔軟な働き方を支援する。
- 政府・政策に求められること:
レポートでも英国政府に対し、雇用権利法案を通じて最低賃金労働者にも柔軟な働き方の恩恵が及ぶよう求めています。日本でも、労働基準法の見直しや、柔軟な働き方を導入する企業へのインセンティブ付与など、政策的な後押しが不可欠です。
私たちFrankPRも、企業のDE&I(多様性、公平性、包摂性)推進や、エンゲージメント向上を通じた「働きがい改革」のコミュニケーション戦略を支援する中で、この課題の重要性を痛感しています。
まとめ:「柔軟な働き方」は全ての人々の権利
パンデミックは、エッセンシャルワーカーがいかに私たちの社会に不可欠であるかを教えてくれました。しかし、その教訓は、彼らの働きがいや生活の質の向上に十分結びついていません。
「柔軟な働き方」は、一部の恵まれたオフィスワーカーの特権ではなく、全ての働く人々が享受しうる基本的な権利として認識されるべきです。この格差を是正する努力こそが、真に持続可能で、誰もが尊重される包摂的な社会を築くための確かな一歩となるでしょう。
執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大
参考資料: The Guardian、Timewise
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