「私自身もワーク・ライフ・バランスという言葉を捨てます」。
自民党の高市早苗新総裁が総裁選出後のあいさつでこう述べたことで、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉が再び大きな注目を集めています。後に記者団へ「皆様の方はワーク・ライフ・バランスを大事になさってください」と笑顔で声をかける場面もありましたが、この一連の出来事をきっかけに「そもそも、ワーク・ライフ・バランスって何だろう?」と考えた方も多いのではないでしょうか。
この言葉は、単に「仕事とプライベートの時間をきっちり分ける」「残業をなくす」といった意味合いだけで語られがちですが、実はもっと深く、私たちの社会全体の未来に関わる重要な概念です。
「仕事か生活か」ではない。「仕事も生活も」を実現する社会へ
「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」によると、その目指す姿は「国民一人ひとりがやりがいや充実感を感じながら働き、仕事上の責任を果たすとともに、家庭や地域生活などにおいても、子育て期、中高年期といった人生の各段階に応じて多様な生き方が選択・実現できる社会」と定義されています。
つまり、仕事と生活を対立するものと捉えるのではなく、その両方を充実させることで、人生全体の質を高めていこう、という考え方が根底にあります。憲章では、仕事が暮らしを支える大切なものであると同時に、家事や育児、自己啓発、地域との関わりといった生活もまた、人生の喜びを倍増させるために欠かせないものだと述べられています。
なぜ今、改めて「ワーク・ライフ・バランス」が必要なのか?
この憲章が策定された背景には、現代社会が抱える切実な問題があります。
- 働き方の変化と固定観念のズレ: かつては夫が働き妻が家庭を守るというスタイルが一般的でしたが、今や共働き世帯が過半数を占めるなど、人々の生き方は多様化しています。しかし、働き方や社会の仕組み、そして「男女の固定的な役割分担意識」が、その変化に必ずしも追いついていないのが現状です。
- 二極化する働き方: 正社員は長時間労働から抜け出せず、一方で非正規労働者は経済的な自立が難しい。多くの人が仕事と生活の間で悩みを抱えています。
- 少子化との深刻な関係: 「仕事に追われて子育ての時間が持てない」「経済的な不安から結婚や出産に踏み切れない」。こうした仕事と生活の「相克」が、少子化の大きな要因の一つだと指摘されています。
このような状況を乗り越え、人口減少社会でも持続可能な社会を築くために、性別や年齢に関わらず誰もが意欲と能力を発揮できる多様な働き方の選択肢が必要不可欠なのです。
それは「コスト」ではなく「明日への投資」
ワーク・ライフ・バランスの推進は、働く個人にとってはもちろん、企業や社会全体にとっても大きなメリットがあります。憲章は、これを企業にとって「コスト」ではなく、「明日への投資」だと断言しています。
多様で柔軟な働き方ができる企業は、優秀な人材を確保しやすくなり、働く人の意欲向上は生産性の向上にも繋がります。そして、人々が安心して結婚や子育てができる社会になることは、少子化の流れを変え、日本の活力を高めることに直結します。
高市氏の発言は、一人の政治家としての強い覚悟を示したものかもしれません。しかし、それが図らずも、私たち一人ひとりが自らの働き方、そして社会のあり方を見つめ直す大きなきっかけとなったことも事実です。
この議論を一時的なものに終わらせず、誰もが自分らしい豊かな人生を選択できる社会の実現に向けて、社会全体で対話を進めていくことが今、求められています。
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