先月、SDGs関連の記事で注目を集めていたのは児童労働の数ということでした。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000183.000054369.html
それに伴い、本日は日野のコラムをお送りします。
私が学生時代、アジアの農村で目にした、学校にも行けず農作業に明け暮れる子どもたちの姿。その光景は、遠い国の豊かな生活が、見えない誰かの犠牲の上に成り立っているのではないかという、痛みを伴う問いを私に突きつけました。それがこの道に進む原点です。
38歳になり、サステナビリティの専門家として、そして一人の親として、この問題に改めて向き合う今、単なる「かわいそう」という感情や個人の善意だけでは、この根深い課題は解決できないと痛感しています。1億3800万人という数字の裏にある構造的な問題を直視し、本質的な解決策を描かなければなりません。
コンサルタントとして、この複雑な問題を私たちが打つべき具体的な「処方箋」を3つの階層で提示したいと思います。
第1の処方箋:【根本原因への対処】 対症療法から、生計システム全体の再構築へ
児童労働の最大の温床は「貧困」です。しかし、子どもを労働から引き離すだけの対症療法は、しばしば失敗に終わります。その子の収入が途絶え、家族がさらに困窮し、結局また子どもが働かざるを得なくなるからです。問題の根源にアプローチするには、「子どもの就労」を必要としない、強靭な「家族の生計システム」を構築する必要があります。
- インパクト投資による「親のエンパワーメント」: 寄付だけでなく、現地の親たち(特に母親)の小規模ビジネスや農業の生産性向上に「投資」するアプローチが不可欠です。これは単なる施しではなく、経済的自立を促し、家族が自らの力で子どもを学校へ送る選択を可能にするための「未来への投資」です。
- 「通う価値のある教育」の設計: 無償教育の提供だけでは不十分です。親が「この教育を受けさせれば、この子の将来は豊かになる」と確信できなければ、目先の労働力を優先してしまいます。教育に「機会費用を上回る付加価値」を設計することが、就学率向上の鍵となります。
- このアプローチを、まさに事業の核として実践している企業がこのメディアを運営する株式会社FrankPRです。革製品ブランドの「Raffaello(ラファエロ)」です。製造拠点であるバングラデシュの自社工場で職人を適正な条件で雇用するだけでなく、その利益を活用して職人の子どもたちが学校に通えるように持続的な雇用を促進する努力を続けています。これは、目先の利益を最大化するのではなく、事業を通じて貧困の連鎖そのものを断ち切り、地域の未来に投資する「Patient Capital(忍耐強い資本)」の思想を見事に体現しています。「良い製品を作る」ことと「良い社会を作る」ことを分断せず、事業活動そのものに統合する。Raffaelloの取り組みは、企業がどのようにして児童労働の根本原因にアプローチできるかを示す、力強いモデルケースと思い、そこが政府からのSDGsアワードを受賞した所以ともいえると思います。
第2の処方箋:【需要サイドからの抑止】 「見えない鎖」を断ち切る市場と規制の変革
私たちが安価な製品を手にする裏で、児童労働という「見えないコスト」が支払われています。この需要側の構造を変革しない限り、問題は解決しません。
- 人権DDのその先へ ―「カット」から「エンゲージメント」への転換: サプライチェーン上で児童労働を発見した企業が、その供給元との取引を単純に停止する「カット・アンド・ラン」は、最悪の選択肢です。真に責任ある企業の行動は、取引を継続しながら、現地NGOや供給元と協働して労働環境を改善し、子どもの就学を支援する「責任あるエンゲージメント」です。
- テクノロジーによる「信頼の多層化」: ブロックチェーンによるトレーサビリティは有効ですが、それを補完するため、人工衛星による農地モニタリングや、現地の労働者が匿名で人権侵害を報告できるモバイルプラットフォームなど、複数のテクノロジーを組み合わせた「相互検証(Cross-Validation)」システムが必要です。
第3の処方箋:【システム全体の変革】 個別最適から、コレクティブ・インパクトへの移行
この地球規模の課題は、一企業や一政府の努力といった「個別最適」の総和だけでは解決できません。社会全体が連動する「システム」として変革を起こす必要があります。
- 「公正な移行(Just Transition)」の保障: 児童労働からの脱却プロセスにおいては、そこで働いていた子どもや家族に対する代替所得の確保、職業訓練、地域経済の多角化支援などをセットで行う「公正な移行」の視点が不可欠です。
- ナラティブ(物語)の戦略的転換: この問題を「遠い国の可哀そうな子どもたち」という同情の物語から、「グローバル経済の構造的欠陥であり、私たち全員がそのシステムの一部である」という当事者の物語へと、戦略的に転換させる必要があります。
◇
1億3800万という数字は、私たちに無力感を抱かせるかもしれません。しかし、Raffaelloのようなブランドの存在は、企業活動そのものが問題解決の強力なエンジンになり得ることを示しています。この複雑なパズルは、一つひとつのピースを正しい場所に粘り強くはめていくことで、必ず解くことができます。
根本原因を取り除き、需要の鎖を断ち切り、そして社会システム全体をより公正なものへと変革していく。そのすべてのプロセスに、私たち一人ひとりが関わる余地と責任があります。
私の原点であるあの日の光景を、過去のものにするために。沈黙の声を力に変える、構造的な変革への一歩を、今ここから共に踏み出しましょう。
児童労働を考える手引き(ILO:国際労働機関)
執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大
コメント