【緊急解説】EUで人権・環境規制に大逆風。マクロン大統領がCSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)の撤回を要求した背景とは?

脱炭素とSDGsの知恵袋の編集長、日野広大です。私たちの取り組みは、政府のSDGs推進本部からも評価(ジャパンSDGsアワード外務大臣賞)をいただいておりますが、その専門的知見を活かし、皆様に最新かつ重要なニュースを厳選してお届けします。

今回は、欧州のサステナビリティ政策、ひいては世界のサプライチェーンに激震を走らせる可能性のあるニュースです。フランスのマクロン大統領が、2024年に成立したばかりの「CSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)」の撤回を求めるという、異例の事態が発生しました。

この記事では、以下の点について専門家の視点から、どこよりも分かりやすく解説します。

  • 何が起きている? ニュースの要点を30秒で理解
  • そもそも「CSDDD」とは? なぜ「画期的」と言われたのか
  • なぜマクロン大統領は「待った」をかけたのか? 経済と政治の裏側
  • 今後の行方と日本企業が今すぐやるべきこと

目次

ニュースの概要:EUのサステナビリティ政策に大きな転換点か

2025年5月19日、フランスのマクロン大統領は、企業に対し、そのバリューチェーン全体における人権・環境への悪影響を特定し、防止・軽減する義務を課す「CSDDD(Corporate Sustainability Due Diligence Directive:企業持続可能性デューデリジェンス指令)」の撤回を呼びかけました。

原文ニュースのポイント(Forbesより)

  • マクロン大統領は「Choose France」サミットでCSDDDの撤回を要求。
  • これはドイツのフリードリヒ・メルツ氏(野党党首)の主張に同調する動き。
  • 背景には、EUグリーンディール政策が企業に与える「過度な規制負担」への強い懸念がある。
  • CSDDDは、企業のサプライヤーなど、バリューチェーン全体に法的責任を拡大するもので、気候変動や人権侵害に対する集団訴訟の道を開く可能性があった。

出典: Macron Calls For End Of EU Sustainability Due Diligence Law (Forbes)

この動きは、サステナビリティを強力に推進してきたEUの政策が、大きな岐路に立たされていることを示唆しています。

そもそも「CSDDD」とは何か?わかりやすく解説

CSDDDを理解するには、まず「デューデリジェンス」という言葉を知る必要があります。これは「企業が事業活動を行う上で、自社の人権・環境へのリスクを事前に調査し、対策を講じること」を指します。

CSDDDが画期的だったのは、このデューデリジェンスの対象を「自社」だけでなく、製品の原材料調達から製造、販売、廃棄に至るまでの「バリューチェーン全体」に広げ、法的義務を課した点です。

なぜ企業は「バリューチェーン全体」に責任を負うのか

例えば、あるアパレル企業を想像してください。

  • 自社: 本社のオフィスや直営店での環境負荷や労働環境
  • バリューチェーン(上流): 製品の原料となるコットンを栽培する農場、糸を紡ぐ工場、生地を染める工場
  • バリューチェーン(下流): 製品を輸送する物流会社、販売する小売店

これまでの規制では、自社の活動が中心でした。しかしCSDDDは、たとえ海外の取引先であっても、そのコットン農場で児童労働や不当な低賃金、農薬による環境汚染などがあれば、元のアパレル企業も責任を問われる可能性がある、としたのです。

これは、SDGsの目標8(働きがいも経済成長も)、目標12(つくる責任つかう責任)、目標13(気候変動に具体的な対策を)といった目標に直結する、非常に野心的な取り組みでした。

日本企業への影響は?

EU域内で一定規模以上の事業を行う日本企業や、対象となるEU企業に製品やサービスを供給する日本企業も、このデューデリジェンスの対象となります。つまり、「EUの法律だから関係ない」では済まされない、グローバルな影響力を持つ規制だったのです。

なぜ今、マクロン大統領は撤回を求めたのか?背景にある3つの理由

成立からわずか1年で、なぜ主要国フランスのトップが撤回を求めたのでしょうか。背景には、複雑な経済的・政治的要因が絡み合っています。

1. 経済界からの反発と「規制の負担」

CSDDDが課す広範な調査と対策は、企業にとって大きなコスト増と事務的負担につながります。特に、無数に存在する取引先をすべて管理するのは容易ではありません。経済成長が鈍化する中で、「行き過ぎた規制が企業の国際競争力を削いでいる」という経済界からの強い反発が、今回の発言の最大の背景と言えるでしょう。

2. 欧州議会選挙の結果と政治的な力学の変化

2024年7月の欧州議会選挙で、環境規制に慎重な保守系の「欧州人民党(EPP)」が議席を増やし、環境を重視する「緑の党」などが議席を減らしました。この選挙結果は、「環境保護も重要だが、経済や生活への影響も考慮すべきだ」という民意の表れと解釈され、政治の風向きが変わりつつあることを示しています。

3. EUグリーンディール全体への揺り戻し

今回の動きは、CSDDD単体の問題ではなく、EUが掲げる野心的な気候変動対策パッケージ「EUグリーンディール」全体への揺り戻し(プッシュバック)の一環と見るべきです。農業分野での環境規制に対する大規模なデモや、ガソリン車の新車販売禁止をめぐる議論の再燃など、理想と現実の間で政策の見直しを求める声が各所で高まっています。

専門家視点:これは「サステナビリティの終わり」を意味するのか?

今回の動きを見て、「サステナビリティやSDGsの流れは終わってしまうのか?」と不安に思う方もいるかもしれません。

しかし、私たちはこれを「サステナビリティの終わり」ではなく、「サステナビリティの実装方法に関する現実的な見直し」と捉えています。

人権配慮や環境保護という大きな流れ自体が逆行することは考えにくいでしょう。なぜなら、異常気象による被害は現実のものとなっており、消費者の意識も確実に高まっているからです。

今回の議論は、「理想をどのようにして経済や社会に軟着陸させるか」という、より現実的なフェーズに入った証拠です。企業は、規制が緩和される可能性に期待するのではなく、むしろこの移行期間を、自社のサプライチェーンのリスクを再評価し、より強靭で持続可能な体制を構築する好機と捉えるべきです。

まとめ:日本企業が今、とるべき対策とは

このニュースは、EUの政策一つが世界中の企業にどれほど大きな影響を与えるかを示しています。たとえCSDDDが撤回・修正されたとしても、人権・環境デューデリジェンスの重要性が消えるわけではありません。

日本企業が今とるべきアクションは以下の3つです。

  1. 情報の継続的な監視: EUの政策動向を引き続き注視し、最終的な決定内容を正確に把握する。
  2. サプライチェーンリスクの再評価: 規制の有無にかかわらず、自社のサプライチェーンに潜む人権・環境リスクを自主的に特定し、評価する。これは経営リスクの低減に直結します。
  3. 自主的な取り組みの強化と情報開示: 投資家や消費者は、企業の自主的な取り組みを評価します。リスク評価の結果や対策を積極的に開示し、企業価値向上につなげることが重要です。

大きな時代の転換点では、変化に迅速に対応した企業こそが、未来の競争力を手にします。このニュースを「対岸の火事」と捉えず、自社の持続可能性を根本から見直すきっかけとして活用していくことが求められます。



参考資料: Forbes “Macron Calls For End Of EU Sustainability Due Diligence Law”


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