脱炭素とSDGsの知恵袋の編集長、日野広大です。当メディアは、政府SDGs推進本部よりジャパンSDGsアワード外務大臣賞を拝受した知見を活かし、皆様にSDGs・脱炭素に関する最新かつ重要な情報をお届けしています。今回は、日本のものづくりと環境戦略における画期的なニュースを深掘りします。それは、私たちの身近な日用品だったものが、形を変えて自動車の部品として生まれ変わるという、まさにサーキュラーエコノミーを体現する取り組みです。
この記事のポイント
- 衣装ケースが自動車の高品質な内装部品に!産官学連携による革新的リサイクル技術。
- なぜ今、自動車に再生プラスチック?経済安全保障と脱炭素への貢献。
- EUの先進的な規制と日本の目標、そして「オールジャパン」の挑戦。
- 私たち消費者にもできること、持続可能な未来へのアクション。
【ニュース解説】衣装ケースが自動車部品に?産官学連携で実現した革新的リサイクル
2025年5月、自動車メーカー、東北大学、環境省などが参画する産官学の研究チームが、驚くべき成果を発表しました。それは、使用済みの衣装ケースを原料とした再生プラスチックから、自動車の内装用部品を作製することに成功したというものです。この成果は、今月下旬に開催される技術展で詳細が発表される予定です。
この取り組みが画期的なのは、これまで品質維持の難しさから再生材の利用が困難とされてきた自動車の内装部品、特に乗員の快適性にも関わる助手席前の収納スペースの部品などで実用化の目処が立った点です。
困難だった内装部品への挑戦とその意義
自動車部品に占めるプラスチックの割合は、体積で約半分、重量でも約1割に達し、国内の自動車生産では年間約100万トンものプラスチックが使用されています。しかし、そのほとんどが新規の石油由来プラスチックであり、再生プラスチックの活用はごく僅かな状況でした。
特に内装部品は、強度や耐熱性といった物理的な性能に加え、人の目に触れ、時には手に触れる部分であるため、色合いの均一性や臭いの少なさなど、感覚的な品質も高いレベルで求められます。さらに、太陽光による劣化や温度変化への耐性も必要です。これらの厳しい要求基準を満たす再生プラスチックの開発は、長年の課題でした。
今回の成功は、これらの課題を乗り越え、従来はリサイクルが難しかった日用品プラスチックに新たな価値を与える道筋を示した点で、非常に大きな意義があります。
政府も後押し「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」とは
この開発は、政府が主導する大型研究プロジェクト「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」の一環として進められました。2023年から「使用済み日用品由来プラスチックの自動車部品へのリサイクル技術開発」をテーマに、トヨタ自動車やホンダといった大手自動車メーカーに加え、三井化学のような化学メーカー、豊田合成などの部品メーカー、そして良品計画のような小売事業者まで、約25社が結集しています。
SIPは、基礎研究から実用化・事業化までを見据え、社会的に不可欠で、日本の経済・産業競争力にとって重要な課題に取り組むプログラムです。このプロジェクトを通じて、まさに「オールジャパン」体制でプラスチックの国内循環、いわゆるサーキュラーエコノミーの確立を目指しているのです。
なぜ今、自動車部品に再生プラスチックなのか?背景と世界の動向
この動きが加速している背景には、地球規模での環境問題への意識の高まりと、資源小国である日本の経済安全保障上の課題があります。
資源の国内循環と経済安全保障への貢献
プラスチックの主原料は石油であり、その多くを輸入に頼る日本にとって、使用済みプラスチックを国内で循環させることは、資源の海外依存度を低減し、経済安全保障を強化する上で極めて重要です。また、新規プラスチックの製造に比べて、再生プラスチックの利用はCO2排出量を大幅に削減できるため、脱炭素化にも大きく貢献します。
これまでは、国内で使われた中古車の多くが海外へ輸出されていたため、自動車部品由来の再生プラスチック原料が国内で不足するという構造的な問題がありました。そこで、家庭などから大量に排出される衣装ケースや食品トレーといった日用品プラスチックに着目し、これらを高品質な自動車部品へとアップサイクルする技術の開発が急がれていたのです。
EUの野心的な規制と日本の目標
国際的に見ると、特に欧州連合(EU)がこの分野で先進的な動きを見せています。EUでは、新車を生産する際に使用するプラスチックのうち、20%以上を再生プラスチックとすることを義務付ける規制案が議論されており、早ければ2031年にも施行される見込みです。
これに対し、日本でも環境省や自動車業界などが連携し、同じく2031年までに自動車部品における再生プラスチックの使用率を15%以上とする目標を設定しています。今回の技術開発は、この目標達成に向けた大きな一歩と言えるでしょう。
専門家が語る「オールジャパン」の強みと今後の展望
この研究プログラムを率いる東京大学の伊藤耕三特別教授(高分子材料)は、「業種や企業の垣根を越え、団結できるのが日本の強みだ。再生材の技術開発や仕組み作りを進め、世界をリードしていきたい」と語っています。まさに、素材メーカーから部品メーカー、自動車メーカー、そしてリサイクル事業者までが一体となった取り組みの成果です。
品質確保への挑戦とさらなるリサイクル原料の拡大
実用化に向けては、様々な種類のプラスチックや不純物が混入した場合でも安定した品質を確保する技術の改良が不可欠です。研究チームは、衣装ケースだけでなく、使用済みの豆腐パックやコンタクトレンズのケースなど、さらに多様な日用品プラスチックの回収ルート確立とリサイクル技術の開発も進めています。ドアの内装部品や、さらには外装部品への展開も視野に入れています。
例えば、ポリプロピレン製の衣装ケースは比較的リサイクルしやすい素材ですが、食品トレーなどでは食品残渣や臭いの問題、異なる種類のプラスチックの混入などが課題となります。これらを解決するための選別技術や洗浄技術、そして様々な添加剤を駆使して物性を高める配合技術の高度化が、今後の鍵を握ります。
日本が再生材技術で世界をリードするために
日本がこの分野で世界をリードするためには、革新的な技術開発はもちろんのこと、効率的な回収システムの構築、再生材を積極的に採用するインセンティブ設計、そして消費者一人ひとりのリサイクルへの意識向上が不可欠です。今回の産官学連携の成功は、そのための力強いモデルケースとなるでしょう。
私たち「脱炭素とSDGsの知恵袋」としても、こうした先進的な取り組みが、企業の経済合理性と社会課題の解決を両立させる好事例として、さらに多くの分野に波及していくことを期待しています。
私たちの生活とどう繋がる?企業と個人ができるアクション
このニュースは、遠い世界の話ではありません。私たちの出す「ごみ」が、実は貴重な「資源」となり得ることを示しています。
企業ができること:
- 製品設計段階からのリサイクル配慮(3R:リデュース、リユース、リサイクル)。
- 再生材の積極的な活用と、そのための技術開発投資。
- 業界を超えた連携による回収・リサイクルシステムの構築。
- 消費者への啓発活動と透明性の高い情報開示。
個人ができること:
- 正しい分別: 自治体のルールに従い、プラスチックごみを正しく分別することが、質の高いリサイクルの第一歩です。
- リサイクルしやすい製品の選択: 環境に配慮した製品や、リサイクル素材を積極的に使用している企業の製品を選ぶことも貢献に繋がります。
- 使い捨てプラスチックの削減: マイボトルやエコバッグの利用など、日々の生活で使い捨てプラスチックを減らす意識を持つことが大切です。
- 関心を持つこと: 今回のようなニュースに関心を持ち、環境問題やリサイクルの現状について学ぶことも重要です。
まとめ
衣装ケースから自動車部品へ――。この驚くべき変革は、日本の技術力と連携の強さ、そして持続可能な社会への強い意志の表れです。プラスチックという20世紀の偉大な発明品が、21世紀においてはサーキュラーエコノミーの主役として新たな役割を担おうとしています。
この動きは、SDGsの目標で言えば、目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」、目標12「つくる責任 つかう責任」、目標13「気候変動に具体的な対策を」、そして目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」に大きく貢献するものです。
今後、再生プラスチックの活用は、自動車産業にとどまらず、家電製品や建材など、あらゆる分野に広がっていくことが期待されます。私たち一人ひとりが、日々の選択や行動を通じてこの大きな流れを後押しし、持続可能な未来の実現に貢献していきましょう。
執筆:脱炭素とSDGsの知恵袋 編集長 日野広大
参考資料:
- 読売新聞オンライン:「自動車の内装部品を再生プラスチックで…衣装ケースや使用済み豆腐パックを原料にする試み」https://www.yomiuri.co.jp/science/20250517-OYT1T50060/
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